2008年08月07日

「誰か」が悪いのじゃない。「私」が悪いのだ。

私は、社会で問題になっていることや、自分の周囲で起こっている様々な問題に対して、こういう考え方を持っています。

「社会の罪・私の悪」(http://kissy.i-ra.jp/e10584.html


そして自分自身についての行動規範として、こういう考え方をしています。

「やるか、やらないか」(http://kissy.i-ra.jp/e11398.html


自分が何か悪い事をしたのは、自分の責任であり、自分の落ち度であり、自分が悪い・・・それは当然だと思っています。その上で・・・


自分ではない誰かが、良くない事をした・・・それを「そいつが悪いんだ、俺は何も悪い事をしていないじゃないか」・・・そういう「線引き」もしたくないのです。その「誰か」がした悪さは、イコール自分自身の罪でもある。だから「そいつが悪いんだ」と人を悪者にして押しつけることに、私は少なからず抵抗を感じています。
どうしてそんな風に考えるのか?


私自身がかつて、「バレなければどんな悪い事をやったって構わない」・・・そう考えて平気で、今なら良心が痛んでとてもできそうにもない事を、平気でやっていたからです。


10年ほど前、私はどこをどう見ても「ヘビー」と名のつくスモーカー(喫煙者)でした。しかも、今から考えれば信じられないほどマナーが悪い喫煙者。


そして同じ頃、ボクは社会の弱者と言われる人たちに対して、全く理解がありませんでした。それどころかその頃は、弱い人・ハンデキャップを負った人に対して、見下すような酷い感情を持っていたのです。


色々な人と出会い、いろいろな経験をして、今はその頃より多少は、自分以外の方への理解や想像力が働くようになってきているので、いろんな事が見えている気になっていますけれども・・・それでもやっぱり偏見や思い込みに気づいて反省することが多々あります。


過去、自分自身だって同じように悪い事をしてきたことがある。そして現在だって、完全無欠とはいかない。だから、自分だけが正しくて、悪いのはあいつのほうじゃないか、という風にはとても考えることができない。線引きして自分だけを「良い者」の方へ置くことなんてできない。


巷のIT業者が、「IT」を金科玉条のごとくに言い、なんでもかんでもIT化してお金を取ろうともくろむ。そういうところを突かれて「IT業者っちゅうのは、ホントに何かというとITだネットだと言って高い金を取りやがる。仕事の実情をよく知りもせずに、ホントにIT業者っちゅうのは机上の空論ばかり言う、どいつもこいつも信用できないヤツばかりだ」・・・そう言われても、「少なくとも俺はそんなんじゃない。そんな奴らと一緒にするな」と、どうしても私は言えない(言いたい気持ちは、もちろんありますが)。


彼も人なり、我も人なり。いつの間にか線を引いて見下していたり、気に食わない連中と一線を引いて自分だけ関係ないふりをしていることに、自分自身が気づくたびに、なるべくその線を取っ払うように心がけています。


こういう考え方、こういう行動規範を、すべての人がそう考えて行動すべきだ、とは思いませんが・・・少なくとも私自身は、こういう風に考えることが正しいと信じていて、こういう風に行動することが正しいことだと思っているのです。


悪いのは悪い事をしている人だけではない。その周りで止められない自分自身も、その人と同じ重さで悪いのだ。



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Posted by kissy(岸本圭史) at 23:56│Comments(2)日記
この記事へのコメント
kissyさん。生意気言ってすいません。
悪いことを止められない自分を責めても
悪いこと全部は食い止められんと私は思います。
 

悪いことを悪いと注意したり
悪いことを止めましょう!いいことしましょう!と啓蒙したりすることで少しでも世のため人のために頑張ることはいいことと思いますが、
悪意を持って悪いことをするやつのことまでは面倒見切れません。
世の人全て善人にはできませんから。

ただ、我々の動くことで1人でも悪いことをする人間、
引き籠り、ニートなど社会問題に少しでも役に立つことがあれば良いと思います。自分らのこれからやることをこれからも自信を持ってやってき行きますが、
それによって止められないことを嘆いていたら
自分のやっていることがなんて無力なのかと絶望感が湧いてきてしまいますよ。

いい世の中にしたいと思うのはみんなが思うこと。

でも、世にはかならず天邪鬼がいます。
それらがする悪を自分達の責任と感じては
なんだか気力が湧いてきません。

とにかく自分やその家族。知り合いくらいは
人様に迷惑をあきらかにかけるようなら
知り合い友達家族として止める責任はあると思いますが
全く知らないどこぞの天邪鬼が起こしたことには
どうすることも出来ないと考えます。
(秋葉原の事件など)

私たちの目的は自分たちの行動に感銘を受け
同調してくれる人を増やして
世の中を住みやすくしたいということ。

全員に理解は難しいでしょう。

せめて分かりやすく1人でも多く私たちの思いを伝えられれば…。
Posted by 天城声天城声 at 2008年08月09日 00:44
天城声さん、ご意見ありがとうございます。
確かにそのとおりですね。「自分も悪いんだ」と自責ばかりしても何も生まれないです。
何かを変えていくためには、やっぱり行動ありき、が必要ですね。

ただ、ひとつだけ・・・
ボクは「責める」ために自分を責めているのではないのです。
「線を引く」・・・自分の心の中に線を引いて、奴らとは違う、と言い、気づかぬうちに自分が傲慢になってしまうのを防がなければ、という気持ちが強いのです。
Posted by kissy at 2008年08月09日 07:27
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