2009年03月18日
郷土愛について、ダラダラと考えてみた^^
郷土愛ってなんだろう・・・?
ここのところ・・・といっても年明けから数ヶ月っていう、少し長い期間・・・色んな人と、そういう事について話す機会があって、なんとなく考えていました。
言葉だけで表現すれば、郷土愛って簡単な気がします。
「生まれ育った土地を愛すること」
「生まれ育った場所に住んでいる人が幸せに暮らせるように思う気持ち」
「地元が豊かに発展するのを願う気持ち」
表現の仕方・言葉の選び方は色々あるだろうけれども、要するに「自分のルーツとなる土地とそこに暮らす人々を愛しむ気持ち」のことを郷土愛って言うんだろうと思います。
Kissyは、生まれが沼津市。高校卒業までずっと沼津で暮らし、大学進学してから30歳頃まで、千葉県と東京の葛飾で過ごしました。で、その後沼津へ戻ってきて、結婚して・・・きっとこの先一生、沼津に・・・あるいは沼津の近くに暮らし続けるんだろうなあ、って思っています。
だから、「郷土=生まれ育った場所」といったら「沼津」です。
もともと、地元の中学校の目の前で「駄菓子屋さん」をやっている家だったんで、同い年の方だけでなく、上も下も、かなり幅広い年代の方から「四中の前の岸本さん?ああ、知ってるよ!」って声をかけていただくこともあるので、そういう意味では本当に「地元に根付いた家」の人間として暮らしていると言えますが・・・
それはボクではない、第三者の方から見た場合の「岸本圭史」という人間の事。
ボクという人間は、高校時代にさまざまなコンプレクスや悩みを抱えたまま大学へ進学し、一人暮らしをした千葉・東京葛飾で、そのコンプレクスや悩みを克服し、そこで出会った仲間との時間が、自分の人格形成に、非常に大きな影響を与えている、と自分で思っています。
「生まれ育った土地はどこか?」といわれれば沼津なんだけど、「自分の、人間としてのアイデンティティを確立するのにもっとも大きな影響を与えた場所はどこか?」といえば千葉と葛飾なんです。特に葛飾には思い出がたくさんあって・・・
だから、今は縁もゆかりもなくなってしまった千葉や葛飾でも、ニュースで何か取り上げられると、懐かしい想いが募りますし、サッカーや野球や色んな話が出てくるたびに、心のどこかで「千葉びいき・下町びいき」になっている自分に気づく瞬間もあったりして・・・
自分の中では、ホームが東京葛飾で、なぜだか未だに沼津は「アウェイ」なんですよね。
沼津の地元で人との繋がりが持てるようになった今でも、10年前に葛飾から沼津へ帰ってきたばかりの頃と、感覚は同じで、沼津ではどうしても「アウェイ」な感覚が抜けない。
だから、もしかしたらボクにとっての郷土愛というのは、正直なところ「東京葛飾」への思い入れのことなんじゃないだろうか?って思ったりもしていたのですが・・・
そんなKissyが、正月明けからコレまでの2ヶ月ちょっとのあいだで、少し想いが変わってきたりもしました。
20年ぶりに高校の同級生に会って色々話をし、高校卒業以来ずっと沼津から離れている同級生が、「遠く離れていると、沼津が元気に活気があるっていうニュースが聞こえてこなくて、すごく寂しい」と言っていたり・・・
20年以上音沙汰のなかった友達と、連絡を取り合って仕事でも色々連携するようになったら、その友達も「いずれは沼津へ帰って来たい」と言っていたり・・・
たまたま偶然、色々な場所で「岸本君の実家のお店に色々お世話になったんだよ~(笑)」なんていう出会いをするようになり・・・
今のボクが今のボクたる由縁となったのはココ(沼津)ではなくても、ルーツはやっぱりここにあるんだなあ・・・と思うようなことがあって・・・
それまで、「アウェイ」という感覚が強くて、どうしても愛着の裏返しから「沼津バッシング」的な考えをすることが多かった自分が、少しずつ「沼津がんばれ」っていう気持ちに変わりつつあったりしてるんですよ、ね。(それでもまだ、未だに沼津はボクにとって「アウェイ」だと思っていますが)
そんな風な、自分の気持ちや考えの微妙な変化を自分で感じて、思ったこと。
同じように、40歳とか、50歳とか、そういう年齢になって、初めて地元への愛着が沸いてくる、って言う人は多いんじゃないか?と・・・
だから、「地元を愛する・郷土愛を育む」っていうのは・・・結果的にずいぶん年月の経った後に現れて出てくるものなのかなあ?なんて思ったりもします。
学校や地域の教育の場で、「地元愛・郷土愛を育むための催し物」が、ここ数年のあいだで、たくさん取り上げられるようになってきているけれど・・・そういうものって、大切だけれど、「すぐに結果を求める」ものじゃなくて、ホントに「20年・30年・・・イヤ50年かも?」ってくらいのスパンで取り組むべきもののような気がします。
ところで、この話でもうひとつ思うことが。
ボクの知り合いの中に何人か、「地元がない」という方もいらっしゃいます。
生まれが大阪・育ったのが仙台で、大学のときに東京に来て、就職した会社の都合で沼津に来て、結婚して沼津で暮らすようになった・・・なんていう感じで。
そういう方とお話をすると、「Kissyさんは、そういう風に地元のつながりがあるから、イイよね」と羨ましがられます。
そんな時には、素直に、そういう自分の境遇を「ありがたいことだ」と思うのですが・・・
反面、沼津に縁もゆかりもなく来て、ここへ根付こうとしている方の思いの熱さや、地元に対する客観的な視点、というものを持っていることが、逆に羨ましくなったりもします。
幼心に見聞きした何十年も前の情報がジャマをして、沼津の将来とか、地域の活性と言うことを話すときに、知らず知らずのうちに「色メガネ」がかかっている事に、沼津で生まれ育っているのではない方のお話を聞くと気づかされることがあります。
そして、そういう風に、いわば「外」からやってきて沼津で生きていこうとしている方の、「沼津という町を元気にしたい」という想いは、ひょっとすると沼津に生まれ育った方の「地元を思う気持ち」よりも強いんじゃないだろうか?と思ったりもします。
・・・ん~~~・・・???
そんな風に考えると、地元の発展や活性化・そこに暮らす人の幸せを考えるって・・・郷土愛って、何なんだろう?って・・・ますますわかんなくなってきちゃったりして・・・^^;;
結局結論の出ないままの記事を書いている自分に、少し自己嫌悪を覚えながら、長くなりすぎた記事を書き終えようとしているKissy・・・明日は、今日より幸せでいられるかな~?
ここのところ・・・といっても年明けから数ヶ月っていう、少し長い期間・・・色んな人と、そういう事について話す機会があって、なんとなく考えていました。
言葉だけで表現すれば、郷土愛って簡単な気がします。
「生まれ育った土地を愛すること」
「生まれ育った場所に住んでいる人が幸せに暮らせるように思う気持ち」
「地元が豊かに発展するのを願う気持ち」
表現の仕方・言葉の選び方は色々あるだろうけれども、要するに「自分のルーツとなる土地とそこに暮らす人々を愛しむ気持ち」のことを郷土愛って言うんだろうと思います。
Kissyは、生まれが沼津市。高校卒業までずっと沼津で暮らし、大学進学してから30歳頃まで、千葉県と東京の葛飾で過ごしました。で、その後沼津へ戻ってきて、結婚して・・・きっとこの先一生、沼津に・・・あるいは沼津の近くに暮らし続けるんだろうなあ、って思っています。
だから、「郷土=生まれ育った場所」といったら「沼津」です。
もともと、地元の中学校の目の前で「駄菓子屋さん」をやっている家だったんで、同い年の方だけでなく、上も下も、かなり幅広い年代の方から「四中の前の岸本さん?ああ、知ってるよ!」って声をかけていただくこともあるので、そういう意味では本当に「地元に根付いた家」の人間として暮らしていると言えますが・・・
それはボクではない、第三者の方から見た場合の「岸本圭史」という人間の事。
ボクという人間は、高校時代にさまざまなコンプレクスや悩みを抱えたまま大学へ進学し、一人暮らしをした千葉・東京葛飾で、そのコンプレクスや悩みを克服し、そこで出会った仲間との時間が、自分の人格形成に、非常に大きな影響を与えている、と自分で思っています。
「生まれ育った土地はどこか?」といわれれば沼津なんだけど、「自分の、人間としてのアイデンティティを確立するのにもっとも大きな影響を与えた場所はどこか?」といえば千葉と葛飾なんです。特に葛飾には思い出がたくさんあって・・・
だから、今は縁もゆかりもなくなってしまった千葉や葛飾でも、ニュースで何か取り上げられると、懐かしい想いが募りますし、サッカーや野球や色んな話が出てくるたびに、心のどこかで「千葉びいき・下町びいき」になっている自分に気づく瞬間もあったりして・・・
自分の中では、ホームが東京葛飾で、なぜだか未だに沼津は「アウェイ」なんですよね。
沼津の地元で人との繋がりが持てるようになった今でも、10年前に葛飾から沼津へ帰ってきたばかりの頃と、感覚は同じで、沼津ではどうしても「アウェイ」な感覚が抜けない。
だから、もしかしたらボクにとっての郷土愛というのは、正直なところ「東京葛飾」への思い入れのことなんじゃないだろうか?って思ったりもしていたのですが・・・
そんなKissyが、正月明けからコレまでの2ヶ月ちょっとのあいだで、少し想いが変わってきたりもしました。
20年ぶりに高校の同級生に会って色々話をし、高校卒業以来ずっと沼津から離れている同級生が、「遠く離れていると、沼津が元気に活気があるっていうニュースが聞こえてこなくて、すごく寂しい」と言っていたり・・・
20年以上音沙汰のなかった友達と、連絡を取り合って仕事でも色々連携するようになったら、その友達も「いずれは沼津へ帰って来たい」と言っていたり・・・
たまたま偶然、色々な場所で「岸本君の実家のお店に色々お世話になったんだよ~(笑)」なんていう出会いをするようになり・・・
今のボクが今のボクたる由縁となったのはココ(沼津)ではなくても、ルーツはやっぱりここにあるんだなあ・・・と思うようなことがあって・・・
それまで、「アウェイ」という感覚が強くて、どうしても愛着の裏返しから「沼津バッシング」的な考えをすることが多かった自分が、少しずつ「沼津がんばれ」っていう気持ちに変わりつつあったりしてるんですよ、ね。(それでもまだ、未だに沼津はボクにとって「アウェイ」だと思っていますが)
そんな風な、自分の気持ちや考えの微妙な変化を自分で感じて、思ったこと。
同じように、40歳とか、50歳とか、そういう年齢になって、初めて地元への愛着が沸いてくる、って言う人は多いんじゃないか?と・・・
だから、「地元を愛する・郷土愛を育む」っていうのは・・・結果的にずいぶん年月の経った後に現れて出てくるものなのかなあ?なんて思ったりもします。
学校や地域の教育の場で、「地元愛・郷土愛を育むための催し物」が、ここ数年のあいだで、たくさん取り上げられるようになってきているけれど・・・そういうものって、大切だけれど、「すぐに結果を求める」ものじゃなくて、ホントに「20年・30年・・・イヤ50年かも?」ってくらいのスパンで取り組むべきもののような気がします。
ところで、この話でもうひとつ思うことが。
ボクの知り合いの中に何人か、「地元がない」という方もいらっしゃいます。
生まれが大阪・育ったのが仙台で、大学のときに東京に来て、就職した会社の都合で沼津に来て、結婚して沼津で暮らすようになった・・・なんていう感じで。
そういう方とお話をすると、「Kissyさんは、そういう風に地元のつながりがあるから、イイよね」と羨ましがられます。
そんな時には、素直に、そういう自分の境遇を「ありがたいことだ」と思うのですが・・・
反面、沼津に縁もゆかりもなく来て、ここへ根付こうとしている方の思いの熱さや、地元に対する客観的な視点、というものを持っていることが、逆に羨ましくなったりもします。
幼心に見聞きした何十年も前の情報がジャマをして、沼津の将来とか、地域の活性と言うことを話すときに、知らず知らずのうちに「色メガネ」がかかっている事に、沼津で生まれ育っているのではない方のお話を聞くと気づかされることがあります。
そして、そういう風に、いわば「外」からやってきて沼津で生きていこうとしている方の、「沼津という町を元気にしたい」という想いは、ひょっとすると沼津に生まれ育った方の「地元を思う気持ち」よりも強いんじゃないだろうか?と思ったりもします。
・・・ん~~~・・・???
そんな風に考えると、地元の発展や活性化・そこに暮らす人の幸せを考えるって・・・郷土愛って、何なんだろう?って・・・ますますわかんなくなってきちゃったりして・・・^^;;
結局結論の出ないままの記事を書いている自分に、少し自己嫌悪を覚えながら、長くなりすぎた記事を書き終えようとしているKissy・・・明日は、今日より幸せでいられるかな~?
Posted by kissy(岸本圭史) at 11:29│Comments(2)
│日記
この記事へのコメント
郷土愛って大切ですね
自分の地元を愛する気持ちと経済活動のための住む場所とは必ずしも一致しないのが現代社会
しかも、人間帰属先が何であるかをしっかり把握していなとかなり不安定な人間になってしまいますね
葛飾の寅さんも何処へいっても「葛飾柴又」が拠り所になっているのが人間の帰属性の象徴だと思っています
世界的にみれば日本人って日本で生まれれば帰属先は日本と非常にわかりやすい
例えばアメリカ人って生まれ育った場所に非常に愛着を感じている反面、自分の出生のルーツにも非常に敏感
話しをしていると必ずアイリッシュだとかイタリア系とか出て来ます
アメリカでも経済活動のために愛着ある土地を離れお金の集まる都会に移り住む人たちも多いからな・・・
地元の活性化と言ってもお金が集まる場所とそうでない場所はどうしてもありますね・・・
沼津や伊豆はお金の集まる場所なのか・・・
お金が集まるとそれ相当の弊害も出て来る可能性もある
静かで落ち着いた場所はお金が集まらない
喧噪的で落ち着かない場所にはお金が集まる・・・
沼津で仕事をしたいと思いながら、まだまだ何もつかめていない状態
郷土愛って深く考えてもなかなか答えは見つかりませんね
自分の地元を愛する気持ちと経済活動のための住む場所とは必ずしも一致しないのが現代社会
しかも、人間帰属先が何であるかをしっかり把握していなとかなり不安定な人間になってしまいますね
葛飾の寅さんも何処へいっても「葛飾柴又」が拠り所になっているのが人間の帰属性の象徴だと思っています
世界的にみれば日本人って日本で生まれれば帰属先は日本と非常にわかりやすい
例えばアメリカ人って生まれ育った場所に非常に愛着を感じている反面、自分の出生のルーツにも非常に敏感
話しをしていると必ずアイリッシュだとかイタリア系とか出て来ます
アメリカでも経済活動のために愛着ある土地を離れお金の集まる都会に移り住む人たちも多いからな・・・
地元の活性化と言ってもお金が集まる場所とそうでない場所はどうしてもありますね・・・
沼津や伊豆はお金の集まる場所なのか・・・
お金が集まるとそれ相当の弊害も出て来る可能性もある
静かで落ち着いた場所はお金が集まらない
喧噪的で落ち着かない場所にはお金が集まる・・・
沼津で仕事をしたいと思いながら、まだまだ何もつかめていない状態
郷土愛って深く考えてもなかなか答えは見つかりませんね
Posted by U5 at 2009年03月19日 10:39
U5さん、
たしかに~・・・考えれば考えるほど、答えは見つかりませんね^^;;。
お互い暗中模索・・・ってトコでしょうか?
まあ、けど、こういう試行錯誤やいろんなプロセスを経て、なんとなく「郷土愛」がカタチ創られていくのかな?って感じもしていて、今のこの「ん~~~~・・・!?」な状態も、キライではありません。
たしかに~・・・考えれば考えるほど、答えは見つかりませんね^^;;。
お互い暗中模索・・・ってトコでしょうか?
まあ、けど、こういう試行錯誤やいろんなプロセスを経て、なんとなく「郷土愛」がカタチ創られていくのかな?って感じもしていて、今のこの「ん~~~~・・・!?」な状態も、キライではありません。
Posted by kissy
at 2009年03月19日 12:02
