2009年01月15日
行動するキッカケ
ボクの稚拙な意見に、貴重なコメントを下さった薬剤師あいざわさんへのお礼に・・・
あいざわさん、コメントありがとうございました・・・というか、ずいぶんご無沙汰をしていました。イーラパークでブログをはじめて間もない頃から、色々な記事で色々貴重なご意見を下さっていて、ひそかに「あ、この人ボクと近いかも・・・?」と思っていただけに、今回の記事にご意見くださったのは、非常にありがたかったです。
そして、またしてもあいざわさんと同じだなあ、と思ったりしたのですが、僕自身、以前は「ボランティア」とか「募金」とか、そういうモノが大嫌い・・・というか嫌いとか好きという以前に、かなり侮蔑的な意識を持っていました。
20代の頃には、平然と、「あんなモン、偽善だ偽善!」と公然と言い放っていた頃もあります。
実際、ボクの20代を良く知る実弟が、ボクの最近の行動を評して、「偽善だ偽善(笑)」と茶化したり下ほどですから^^;;
そんなボクが、どうして今、「ボランティア」「奉仕」・・・そういう事にアツくなっているのか・・・?
それは、奇しくもちょうど1年前にブログで紹介したことのある、ボクが学生時代に学んだ「哲学」がキッカケでした。
ボクは、小学生の頃からある意味「ヒネクレ」者で、中学の頃には、「ナンで義務教育を終えた後に高校へ進学しなきゃならないのか、分からない」と、今にして思えば、よくもまああんな屁理屈を言えたもんだ、というような事ばかり言っては周囲を困らせていました。
けど、そんな「屁理屈をこねくりまわす」性分が、少しは成長したのでしょうか・・・大学へ行く頃には、「物事をいろんな角度から、いろんな風に考える」というクセになってきて、たまたま学んだ「哲学」という題材をキッカケに、自分の生き方・良心・精神というようなものに対して真剣に考えるようになりました。
20代の頃は、「自分はどうやって生きるべきなのか?」という自問自答と、「カッコ良く(=モテるとか、イケてるとか、そんな意味のカッコ良く、です^^)生きたい」という若さゆえの欲とが混同して、「良いことを良い、正しいことを正しいと言うのは大切だが、それを奉仕だボランティアだというのは偽善だ」などと、青臭いことを言っておりました。
30代になり、結婚して家庭を持ち、ようやく「物事はすべてが自分の正しいと思うとおりになるわけではない」という事に気づき始めて、思いました。
「ココで、世間に流されて20代の頃に言っていたこと、こだわっていたことをあきらめたりごまかしたりしたら、オレ、本当にカッコ悪いぞ」と・・・。
で、30過ぎくらいから思うようになったこと。
「思っていることは言わなければ思っていることにもならない。」
「言ったことは、実行・実現しなければ、言った意味がない」
だから・・・
「言うばかりでナニもしない」のや、「オレもそう思ってたんだよ」なんて後から言うのは、「初めっから何にも考えていない、思ってなんかいない者が後から取り繕うだけの、それこそ偽善だ」と
そう強く思いながら、仕事や私生活の色々な面で「思ったことは言う」「言ったことはヤル」と自分に課していたら・・・運よくと言うか運悪くと言うか・・・昨年の今頃、ある人にあることを聞かされて、思ってしまったんですよ、ね。
「世の中には、知らないところで困っている人、知らないところで起こっている問題がたくさんある。そのことに気づいていて目をつぶるのは、卑怯だ」と・・・
そう思ったからには、「行動」しなければ、これまで30年以上、自分自身で言ってきたことを全否定することになってしまう。
それで、「まずはとにかく行動すること」・・・それが社会的に、世間的に、どういう理解のされ方をするのかを気にするのは、「やらない理由」を見つけるようなモンだ、と思って、やり始めちゃったんです。
そして後から振り返ったら、やってることが「ボランティア」だった・・・タダそれだけの話。
行動するキッカケなんて、実に単純なモノだと思います。
そして、単純なキッカケではじめたモノは、あーだこーだとコネくりまわして論じたり、どうすればアピールできるか?と試行錯誤するような行為は似つかわしくない、と思ったりするんです。
物事はシンプルに・・・「やろうと思ってはじめたことなら、ただ、やればいい」・・・
それが、この1年のボクの行動のキッカケに、そして多分今後のボクの行動指針のひとつとなっていくんだ、と思います。
私は、さほど深いわけではありませんが、Kissyさんの思いはステキだなぁと、日々感服させていただいております^^
「ボランティア」・・なんて、希薄に書いてしまいました。反省しております。
書きたかったのは、広く受け入れられがちな「ボランティア」の方ですので(T_T)
きっと「屁理屈」なのが似てるんですね^^(笑)
困っている人に、手を差し伸べるのが、本当にいいことなのか。
困っている人を、困らないようにするのがいいことなのか。
困っているひとが、なんで困っているのかを、
どうすれば、先が見えるのかを、
一緒に見つけれられるのであれば、
きっと、後悔しないんだろうなぁって。
お返事、ありがとうございました(__)