2009年01月14日
本当はアピールすべきではないのだ
八戸 三日目。
東北新幹線八戸駅へ降りた一昨日から、毎日、雪深く足を取られそうな八戸の街中で、タバコの吸殻を拾っては、土地勘がないので泊まっているホテルのロビーまで持ってきてゴミ箱に入れている。
一人になると、いろんなことを考える。
沼津から遠く800kmも離れた場所で、ゴミを拾いながら、改めて考えたこと。
拾うことが大切で、本当はアピールすることなど、どうでも良いのだ。
ボクの目的は「みんなが黙々とゴミを拾うことが、当たり前の世の中になる」ことだ。
誤解を恐れずに言っておこうと思う。
未来を担う子供たちに、豊かな社会を残す
地域の発展のために、地元を活性化する
弱いもの・力を持たない人を救うために、支援をする・・・
そんな表面的な事など、どうでも良いんだ、ボクにとっては。
豊かな社会を築くチカラ・地域を活性化するチカラ・弱いものに手を差し伸べるチカラ・・・そういうものを下支えするのは、疑いようもなく、「個人個人の、心根の尊さ」だ。そういう「ひとりの人間の、心の奥底、人間性の奥底の凛とした強さ」・・・それを築く一助となりたい・・・それが今のボクの目的であり、ゴールになっている。
そのために、どんな方法を取るのが、もっとも良い選択なのか・・・?その答えのひとつが、NPOという選択肢だったから、NPOにした。表も裏もない、ただそれだけのことだ。
軽く流さずにちゃんと念を押しておこうと思う。
「もっとも良い」選択は何か?と考えてNPOを選んだのだ。「もっとも効率の良い方法」を選択してNPOを選んだのではない。断じて違う。
押し付けではなく、独りよがりでもなく、内輪ウケでもない、「本当に人として正しいと思うことを、深く、注意深く考え、心に刻み、培った気持ちを行動に移す」・・・それを捻じ曲げることなく、ちゃんと育んでいくための方法を、常に考えるべきだと思っている。だから、「影奉仕」ではない「伊豆夢」でもない、地道で非効率で儲からない方法を、あえて選択する・・・その可能性をつねに半分手に持ちながら行動する・・・それが今の僕の行動指針になっている。
影奉仕を、一人でも多く、少しでも派手に広めようとしているのは、それが「手段」だからだ。目的なんかではないし、ましてや目標なんかにはならない。そんな高貴なものだと、僕自身は思っていないのだ。
ひとりひとりの心の奥底の良心に呼びかけて自発的な人間性の向上を期待する・・・それを少しでも早く、少しでも多く、少しでも効率よく実現するためには、「カタチ」から入って、分かりやすいほうが結果が出やすい。そのためには「注目を浴びて広くアピールできたほうが、多くの人の心に届くかもしれない」からだ。けれども、「カタチ」をしつらえて「分かりやすく」伝えることが、逆に「安易で無思考で無遠慮な心」を育ててしまうことになるのなら、手段を変えるべきだとも思う。(←そうではないと確信しているから、今こうして影奉仕をやっている)
もし、こうやって「僕たちやってます」的なアピールをせずに、同じ想いの人の心に呼びかけることのできる方法があるのなら・・・本来は絶対にアピールすべきではないのだ、と思う。(←今のところ、これ以上の良い方法が模索できないから、今こうして影奉仕をやっている)
やってることをアピールするのは、Kissyにとっては、やはり「見せかけ」と紙一重と映ることがあるから・・・
そして今、改めて想いをめぐらせる。良心・道徳・尊敬・尊厳・・・そういうモノは、本来はアピールすべきものではないのだ。通りの向こうで、ゴミを拾うボクを見て、軽く会釈をしてくれた見ず知らずの若者・・・モノ言わなくても、派手に「やってます」と言わなくても、確実に伝わる心がある。
氾濫する情報や氾濫する「エセ」のなかから、確かなものを見抜いてはぐくむ心がある。
そういう、僕が本当に求めているモノは、「人知れず」・・・この言葉の中に隠されている。「お蔭様」・・・そういう精神の中に見出すべきだと思う。
人目を引くようになり、話題に上るようになり、ブームになり、トレンドになる・・・そういうことに注目している場合ではない。(←そういうことにはなっていないと確信しているから、今こうして影奉仕をやっている)
アピールをせずに、同じ想いの人 その心に呼びかけることのできる方法が 本当 欲しいですねぇ~!”
僕も影発足当時から、、、kissyさんと同じで、アピールする必要ないと そう思い感じていました。
でも、現時点 同志を求めるツールって この方法しかなかったから、、、
最近 こう思います。自分が自分自身に恥ずかしくない自分で居れば、、、自然に笑顔になり、、同じ想いの人 その心に呼びかけられるんじゃないかなぁ!?”ってね。。。
まだまだ日々修行です。
八戸は僕の想像以上に、、寒いと思います。風邪に気を付けて下さい。
それでは、おやすみなさーい。同じ空の下より~☆

kissyさん、biroさんのおっしゃることは分かる。“いいこと”が当たり前、という考え方。
でも「キレイになったから嬉しい」、より正直なところ褒められたほうが嬉しい人の方が多いんじゃない?なんて考えてみた。
「あなた達 本当に楽しそうね^^」と満面の笑みで
僕は影奉仕をやっていて正直「楽しい」です 「清掃活動で何でそんなに楽しいの?」と聞かれました だから答えました 「人がたくさんいるから^^」

実際のところ影奉仕に関してだってブログというツールがあってそこで知り合った者同士が始めてそれをブログで紹介していったからここまで盛り上がっているんだろうと思うし。
思いは持っててもなかなか行動に移せなかった人にとっては、やはりこういう事をやっている人が居るんだって言うことを知ってもらうためにも、これからもPRは積極的にやっていってもいいんじゃないかなって思います。
ボランティアの弱い面だと思っています。
そもそもボランティアは、その人が個人的に目的を
関連付けてやることだと思います。
世界の子どもたちのため、困っている人を助けるため、
地域のため、自分の徳を上げるためなど、、、
うちの息子は学校帰り、柔道の試合会場、
自分が行った観光施設で、ゴミを見つけたら拾うという
行為を自動的に行っています。
きっかけは私と一緒に嫌々やった影奉仕。
その後、私に褒められ、いいことをしたと
思ったらしい。
褒めてもらってうれしかったから始めたはずなのに、
最近はポケットにゴミを詰め込んで帰宅し、それを
私に見せて褒めてもらうのも忘れているほど、
習慣になっているようです。
だから、「ゴミを拾う人を増やしたい。
捨てる人をなくしたい。」のなら、息子のように
きっかけ作りをしてやらなくては行けないと思います。
(捨てる行為を悪いと認識せずに何十年も過ごして
しまった「かっぺな大人」には、無理ですが)
最近思うのは、誰かと同じことをしている
「つながり」がちゃんとあるということが分かって、
影奉仕はいいと思います。
実際活動しているメンバーは、地道にひっそりと
活動していて、その行為自体は孤独ですからね。
寒そうでなによりです^^
ごび沙汰でございます。
私は、ボランティアとか、ユニセフの募金とか、嫌いでなりませんでした。
もっと、「自分にできること」があるような気がして。
その答えを、Kissyさんのプログに見つけれたような気がします^^
今年もよろしくお願いします。
みなさんコメントありがとうございます。
すみません、出張先から書いた、個人的なヨタ話の延長のつもりが、こんなにたくさんコメントをいただくとは思っていなかったので・・・
思わず感動してしまいました。
で・・・みなさんのご意見に一つ一つ、ボクなりの考えとメッセージをお届けしたいので、コメント返しじゃなくて、ひとつずつ記事にさせていただこうと思います。
スグに全部はかけないかもしれませんけれども・・・
ボクにとって、皆さんのご意見・ご指摘は、自分の私見を深める、とっても貴重なアドバイスになっています。
ありがとうございますm(_ _)m