2008年12月27日
年末のドタバタの中で思う
年末、色々なニュースが飛び込んでくる。街ではひっきりなしにパトカーや消防車のサイレンの音が鳴り、テレビではどこもかしこも「今年一年を振り返る」番組の目白押し。Kissy自身も、お客様の仕事を一区切りつけた後、手つかずだった自分の仕事の追い込みで、あ~忙しい忙しい・・・
そんな中、ふと手を止めて思う。
派遣労働者の雇用打ち切りで、困っている人がたくさん出てきた、年を越せない人もいるかも・・・?
そんな、辛く厳しい話題でもちきりの年の瀬・・・けれども、そればっかりでイイんだろうか?
Kissyを含めて、多くの人は「派遣切り」問題をテレビや新聞などの報道で知ったはずだ。
逆に言えば、テレビも新聞も、ネットも(←ネットの情報発信イヤ、正しくは「ネットの報道」ですね・・・は、残念なことにテレビ・新聞の追随にしかなっていないので、この場合ネットはどうでもいい蚊帳の外なんだが・・・)・・・もしこの問題を一切報道しなかったら、はたしてこんなに多くの日本人が関心を持つ問題になっただろうか・・・・?たぶん、そうはなっていないハズ。
ところで、後期高齢者医療制度の問題は、ドコへいった?
アレだって、さんざん日本中で「ガンガン」話題にしまくっていたのに、今や「ああ、そういえばそんなのが、あったね~~」状態だ。ここ数週間、どこのブログ見ても「派遣切り」のブログネタは見つかっても、「後期高齢者医療問題」のブログネタは、とんとお目にかからない。
報道が注目をしなくなると、日本中が注目をしなくなる・・・こんなレベルの低い日本の状況を、先日亡くなった飯島愛さんが生前言っていた。
「日本って、本当に悲しい国だよね。こんな小さな箱の画面ばかりにかじりついて、こんな小さなものからしか情報が伝わってこない」
悲しい事に、彼女は芸能界から身を引いて、テレビに注目されなくなっッて、最後は誰にも知られずに逝ってしまった。そして今度はその事をテレビが注目し始めると、一夜にして何万件ものブログアクセス・・・
Kissyの身近の人が言っていたことがある。
「ブログで、まじめなお話を書くのは、アクセスが上がらないから意味ないよ。面白おかしいこととか、笑っちゃうようなことをたくさん書いて、なるべくマジメな記事は少なくしないと、飽きられちゃうんだよ」・・・一理ある・・・一理あるから、その人に反論をするつもりは全くないが、せめてKissy自身だけは、そうはなるまい、と思う今日このごろ。
今日、この時間もどこかで、イジメを受けてつらい思いをしている子供がいる
今日、この時間もどこかで、医療費を払えないばかりに、具合が悪いのに病院に行かずに我慢しているお年寄りがいる。
今日、この時間もどこかで、牛丼一杯頼むお金もなくて、二人で一杯を分け合う・・・そんな食事をしている人がいる。
派遣切りはテレビで見ているから知っている。ありゃあ問題だよ。
けど・・・イジメ・・・?最近テレビで見ないね。きっと少なくなったんだよ。だって問題になってないでしょ?
そうやって、「報道されないモノ」「注目を浴びないモノ」=「存在しないモノ」になっていき、すべてが報道化・バラエティ化していく日本・・・
発信すべき情報は、「ココのお店が安い」「アソコのランチは美味い」・・・そんなことばかりでイイはずがないと、Kissyは思う。
「軽やかに、ラクに、スマートにこなして、楽しく生きる」・・・そんな風なスタイルがカッコイイとだれもが信じ、歌はぜんぶ恋の歌。勉強とスポーツより恋愛が大事となんの衒い(てらい)もなく言いきっちゃう人の圧倒的に多い今の日本・・・せめてKissyは、カッコ悪くても大真面目に、効率悪くても誠実に、派手じゃなくても確実に、地に足をつけていたいとおもう、年末のドタバタの合間の一瞬。
・・・・ッハッッッッ!!気づけばもう2時ぢゃないか!ささ、仕事仕事・・・あ~~忙しい忙しい・・・
kissyさんの人柄を知っているからこそ
真面目なことを書いていても勉強にもなるし
kissyさんらしいなぁ・・・て面白いです。
(変な意味ではないです)
ブログのランキングを上げたり
テレビもそうだが 視聴率にこだわったり
注目を浴びることに主を置くと
受け狙いであったり 過激なこと
を書いたりしたりしなくてはならないかもしれないが
等身大の自分をさらけ出して
いかんものはいかんとか
良い物はいいとか
言うように自己主張していければ
良いと思います。
kissyさんのブログはそういうことが
根強いファンがいるのではないでしょうか?
ワタスはかなり受け狙いですが・・・。
(でも受けないんですけど)
ランキングにこだわるのは勝負師としての性分で
しょうがないのですが最近はとんとダメですね。
ワタスはKissyさんのブログ好きですね~。

なんだかおかしいところもあるし・・・。
確認してからコメントすれば良かった…。

kissyさんのような意見を発信する方もいれば、いわゆるテレビとは異なる視点で時事を報じる方もいます。
情報を得る側の選択肢は確実に増えているので、得る側の問題もあるでしょうね。
問題提起にありましたが、もし「情報がなかったら・・・」某共産(独裁)国家のように地上の楽園になるのかもしれません。
それが幸せか否かは明白ですが。
何が言いたいかといいますと、「他人のせいにする」ことが当たり前になっている状況が変わらない限りよい状況に転ずることはないのでは、ということです。
「分」をわきまえる、とか「分際」なんて言葉がかつてはあったのですがね。昔の話になってしまいました。
ボクは自分ではできないけれど、天城声さんの記事、好きですよ~^^
お互いがお互いのスタイルで、ちゃんと発信していきたいものですね^^
韋駄天さん、ありがとうございます。
「分」「分際」「お蔭様」・・・そんな言葉のウラに根付いていたはずの、日本の精神というか文化と言うか・・・そういうものを、「報道化社会(←これをボクは情報化とは絶対呼びたくないんです)」が、見る見る間に壊していってしまっている、そんな気持ちになる一方で、まだ、かすかに期待しています。
そういう精神的な潔さとか品格というものが、再び大切な価値として認められるように、そして再び根付くようになることを・・・
そのためにも、発信し続けるべきだ、と思うんですよ、ね。それぞれが、それぞれの立場・考えで、「ちゃんと」した思いを。
