2008年11月23日
たとえばこんな事
かかえきれないほどの辛さや気持ちでつぶれてしまいそうになりながら、家へ帰ってくる。
そこに、事情も僕の辛さも何も知らない家族が、ニコニコと「おかえり!」と声をかけてくる。
「人の気も知らないで・・・」と、自分の辛さをわかってくれない事に少しもどかしい思いをしつつも、屈託のない愛情で迎えてくれる家族に、心がほぐれて、抱えていた辛い気持ちや仕事のプレッシャーが少し軽くなる・・・そんな風にして、日々の暮らしを一緒に乗り越えながら・・・たとえば家族っていうのは、そんなモノなんだと思う。
思わぬところで行き詰ったり、解決策が見つからなくて悩んでいるときに、ふと酒の席や世間話の席でそのことを口にする。
「どうも、うまく行かなくてさ・・・」・・・するとそれを聞いた仲間が笑って言う。「バ~~カ(^^)!!そんな事で悩んでんのかよ。だったらこうすりゃイイじゃん?」
一瞬「バカとはなんだ!そんな事とはなんだ!・・・人が真剣に悩んでいるのに」・・・と憤りながらも、そいつのまっすぐな視線に、「まだまだ手詰まりだなんて言ってあきらめるのは早いぞ。何かいい方法があるはずさ」と、諦めかけている自分に明確なメッセージを送ってくれているのに気づいて、「もう少しがんばってみるか?」と気持ちが奮い立ってくる・・・たとえば仲間っていうのは、そういうものなんだろうと思う。
一緒に同じ夢を見ていたころからは、もう10年以上も経っていて、仕事でもプライベートでも、接点がなくなってしまった・・・あいつどうしているだろう?
そんな風に思っていた矢先に何年ぶりかに電話がかかってくる。
「久しぶり~!!。元気か?こんどそっちへ行くんだけど、もしよかったら飲みにでも行かないか?」
お互い連絡を取らなくなって3年近く。一緒にやってた音楽をやめてからは10年以上もたつのに・・・いまさら差しで飲んで、話が合うんだろうか・・・?
そんな事を心配していたのがバカらしくなるほどに、いざ飲んでみると、一瞬で10年前にタイムスリップしたかのように話に花が咲く・・・たとえば友達というのは、そんなものだと、このあいだ実感した。
特別な愛情や仲間意識を育んできたつもりはないけれど・・・ふと気づいたらかけがえのないモノになっていた・・・たとえばこんな事が、今の僕の大切なモノだと、あらためてつくづく思う。
そしてあと1ヶ月で、2008年という年が暮れる。
「ご主人の大学時代の友達で、一緒の下宿で仲が良く、
ご主人のご実家まで伺って、奥様にもそこで一度
お会いしているんです」
と、電話の向こうの男性が話したそうです。
「あの、、、主人は昨年亡くなりました」
「ええ??ずいぶん前に会おう!と電話が来たんだけど、
忙しくて会えなくて、、、
近くに来たから、会いたいなとお電話したんです。
そうですか、、、残念です。」
この方も、きっと数十年会っていなかった父のこと、
かけがえのない友達だと思ってくださっていたの
でしょうね。
kissyさん、、、
どんどん会いたい人に会いましょう。
あのころの熱い思いまで、心によみがえってくるはずです。
私もそうでした。
会ったら、また次の会いたかった人が現れます。
不思議です、、、

そうですね^^。
何年経ってもかけがえのない友は友。そしてそんな友達や仲間と、色々話したり会ったりするからこそ、また新たな出会いや発見がある・・・そういう事をこの1年で、本当に実感できたのも、やっぱり「出会いは宝だ」と思ってやってきたからですもん、ね^^
そして、たんたんさんともこうしてお会いしたりやり取りできたおかげで、30年来の恩師に出会えましたし~~^^。
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