2008年10月25日
答えを出すのはカンタンだ
Kissyは以前から・・・以前というのはもう20年以上前のことですが^^;;・・・話をする時や物事を考えるときに決めている自分のルールがあります。
小学6年生にわかるように話をする。小学6年生に分かるように考えをまとめる。
自分自身が小学生のころ、自分の父親からこんな風に教え込まれていました。「どんな難しい問題でも、本当はものすごく簡単な理屈の組み合わせにすぎない。」・・・イエ、ボクの父親は高尚な教えを説いたわけではなく、小学3年生の僕に、父自身の得意だった「三角関数」をひけらかして覚えこませようとするのに、自分を正当化するためだったんですが、ね^^;;・・・
「はぁ?」と思いつつも、その10年後、大学でのゼミでまったく同じ事を叩き込まれる羽目になりました。哲学や論理学を学んでいた時に・・・「すべての体系的理論は、基礎的な論理で支えられている」・・・つまりどんな難しいことでも、1+1=2のような簡単な理屈を幾つも幾つも組み合わせた結果にすぎない、というわけなんですね。
これらの話は数学や論理学の話だったんですが、社会に出てみて色々な場面でいろいろな方と徹底的に討論しているうちに気づきました。
小難しい顔をして難しい事を言っている人というのは、「シンプルな話」を自ら「難しく」こねくりまわしてしまっているだけなんだな、と。
で、子供の頃父親に叩き込まれたことが今頃になって、自分の基本スタンスとなって現れ出していることに、今驚きつつ感謝したりなんかして・・・^^;;
小学生に説明して分かってもらえないような説明は、説明ではない。
そして最近強く感じることが、この事に由来しています。
経営改革・経営改善・業績アップ・・・仕事上のあらゆる課題や問題は、ひとつの例外もなく、絶対に、すべて「誰にでもわかるような簡単な理屈で解決する」
けど一言クギをさしておかなければいけませんね。
誰でもわかる簡単な理屈・・・だから「誰にでもできる」・・・というわけではありません。
ごくごく簡単なこと、答えはシンプル・・・どうすれば良いのか、答えを出すのはカンタンだ・・・けれどもそれは、「本当にそれを実行に移してこそ初めて実現する」んですよ、ね。誰でもわかるような簡単な理屈だから、誰でもできるわけじゃない。
大多数の経営者・大多数の大人・・・そしてかなりの数の「有識者・人格者」が、その「簡単な理屈」を「やらずに頭で考えるだけ」でいる・・・この事も最近改めて気付いたことです。