2008年10月15日

貧困について考えてみた

たんたんさんの記事を読んで初めて知った。今日はブログ上でいろいろなテーマについてきちんと考えてみる日なんだそうだ・・・


で、テーマでもある「貧困」・・・どう考えたらいいか分からないので・・・自分なりの切り口で考えてみた。


Kissyは学生の時、一時期、それはそれは物凄い貧乏な暮らしをしたことがありました。
住んでいたアパートの電気が止まり、ガスが止まり、水道が止まり・・・なんてことはしょっちゅうで、次のバイト代が入るまであと2週間、150円で過ごさなきゃならない・・・なんてレベルの世界。
友達とかにお金を借りるにも限界があって、ついには3日間、大学の水道の水を飲むだけで凌いだ、なんてこともありました。だから、「腹が減ってるのに食べるものがない」ときのつらさは、自分なりに経験したつもり。


「貧乏」という言葉を思い浮かべるとき、つい数か月前、牛丼の松屋で、お金がなくて一杯のどんぶりを二人で分け合って食べる老夫婦の姿を見て、どうにもやるせない気持ちになったことも思い出したりします。


ニートという言葉は、いつの間にか時代遅れの感のある言葉で過去の喧噪のなかにまぎれて消えてしまったけれども・・・そのニートと呼ばれる方たちの中にも、学生時代のKissyと同じような貧乏を経験している方、あるいはそれ以上に厳しい「貧しさ」を経験している方もいるのかもしれません。


けれども・・・


ボクが日本で暮らしていて、日本の中で「貧しさ」を考えても、それは単なる「貧乏」でしかない気がします。「貧困」とは全くレベルが違うような・・・


格差社会、と言われて、日本の国内でも意図的に「勝ち組」「負け組」と2極分化の思考をマスコミに強要されて、なんとなく「負け組」に追いやられた「金持ちじゃない」部類の人たちは、自分のことを「弱者だ」「貧困層だ」と、強者を攻撃するための捨て身の開き直りをしているように見えるけれども・・・


本当の貧困・・・1日わずか100円以下のお金で暮らさなければならない・・・それを延々と続けて未来が見えない・・・そういった海外の本当に貧しい国や本当に困っている地域から見れば、日本の「貧困層」と言われている人でさえ、相対的に裕福な部類に入ってしまうと思う。


明日食うものに困って、生きるか死ぬかのギリギリのところで生き延びている・・・そういう事を「貧困」だというのなら、多分世界中の野生動物はすべて「貧困層」だ。


「お金の問題じゃない、安心して暮らしていける社会で安定した生活を送れているかどうかが問題なんだ」・・・そういう人もいる。
だから、「一日に使うお金の額では裕福でも、将来の年金や今の医療などの社会制度から除外されてしまっている弱者は、本当に貧困だ」と・・・


確かにそういう「いかんともしがたい貧しい恵まれない人」は日本にもいるのかもしれないけれど、「明日は住む家もなく、飲む水もないかもしれない」という恐怖と毎日毎日戦わなければならない人が圧倒的、という国に比べれば裕福だ。


けれどもそういう国の人だって、明日は死が待っているかもしれない野生動物よりは、いくらかましと、言えないでもない気がするし・・・


結局、「貧困」という問題は、第一に「強者」「弱者」、「金がある」「ない」、という「差」の「圧倒的に不利な側」のことを指しているように思えるんだけど・・・
で、その「圧倒的な不利」が生み出されてしまうのは、「強者が強者の論理で自己中心的に生きようとするからだ」と強者に対する攻撃に矛先が向けられるのが常なんだよなあ・・・


だけど・・・


松屋でどんぶりを二人で分け合って食べていた老夫婦を、「貧乏」=「貧困」=「弱者」=「不幸」と言えるのだろうか・・・?あの時、あのあと考えて思った。
出そうと思えば2,000円でも3,000円でも使えるお金があるのに、あのときあの場所でわざわざ400円くらいの牛丼を昼飯にしなければならない、働き盛りの41歳の男と・・・お金は確かに足りないけれど、夫婦睦まじくひとつの食べ物を分かち合って食べている人と・・・どちらが不幸で、どちらが「貧しい」だろうか・・・?


2週間近くを150円で切り抜けなきゃならなかった学生を「貧しくて不幸」と言っていいだろうか?むしろそんな風に強烈な貧乏暮らしを経験できただけ、幸運といえなくもない。


内戦の地で、生き延びて鬼ごっこをしている子供・・・食べるものは僕らの5分の一にも満たないカロリーだと聞いた・・・状況としては不幸だが、あの子たち自身は「不幸で絶望的な人生を歩んでいる」と考えるだろうか・・・?


数年前、ある経験を通じて、痛切に実感した事がある。


本当に不幸な人、本当に貧乏な人、本当に切羽詰まった人は、自分のことを「不幸だ貧乏だ切羽詰まった」などと考えている暇はない。生き延びるのに必死でそんな「他との比較」をしている余裕すらないんだ。


貧乏だ貧困だ不幸だと騒ぐのは、結局のところ、「まだもっと下にもっとひどい状況がある」事におびえ、「自分より裕福で楽に生きている人をうらやむ」・・・その余裕のある幸運に目を向けようとしない浅はかな・・・それはたぶん僕自身も含まれているかもしれない・・・人間の生み出しているモノのような気がする。


というか・・・野生動物との比較で言えば・・・野生動物に「裕福なライオン」と「貧乏なライオン」なんてのはない事からも明らかで・・・「貧乏・貧困」という不幸は、人間が自ら作り出して、自らの社会の一部の人間に強要している差別のような気がする・・・


ん~~~~・・・普段考え慣れない事を書こうとするもんだから、支離滅裂だ・・・^^;;


そして気づいたら、たんたんさんの書いている「貧困について」の記事の主旨の、全く逆のことを書いていた・・・たんたんさん、反論しているつもりじゃないんです・・・^^;;・・・不愉快だったらごめんなさいm(_ _)m





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Posted by kissy(岸本圭史) at 22:42│Comments(0)日記
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