2012年02月17日
障がい者のスキルに接して思うこと
障がい者支援施設での職業訓練講習に招かれるようになって、かれこれ4年。
毎年講座の終わり頃に、忘れないためにこうしてブログを書いています。
いつもいつも思うこと
障がい者だと一括りにして、輪の外側へ押しやっているのは、僕達健常者と言われるグループの傲慢だということ
仕事柄、いろいろな場で様々な方にお会いする機会があります。普通に「一般」と言われる社会の中で出会って話をしたり一緒に仕事をしたりする相手の中には、「どうしてそういう人間関係の作り方をするんだろう?」「なんで言っていることが全く理解してもらえないのか?」と、心底首をかしげてしまうような人も多々見かけます。
障がい者支援施設に通っている方たちの実際は、「極度にコミュニケーションが難しい」とか「決定的に身体に特異な部分がある」というわけではなく、そのほとんどの方が「一見、何も問題ない極普通の人」のようにしか見えません。少し踏み込んで接してみようとした時に、上手くコミュニケーションが取りづらかったり、会話の理解力が少しだけ弱かったりするから、ゆっくり話しをする必要があるとか、同じ事を繰り返し伝える必要があるとか、そういう注意が必要なだけ。
そういう注意を払わなきゃならない人なら、障がい者とくくられている人よりも、普通に健常者と言われている人のグループ野中のほうが、よほど多く存在しています。
一線を引いて区別しているのは、僕らの方だということを、決して忘れない様にしなきゃ
目的・目標を持った時の彼らの集中力・スキルはものすごい
「自由にやって」というと戸惑うこともあるのですが、「これをやって下さい」「この問題を解いて下さい」という風に具体的な課題が与えられると、本当にスゴイ能力を発揮します。
今日午前中、インターネットを使ってある調べ物をするという課題をやってもらったのですが・・・前回やり方を覚えてもらって、今回試しにと、あらかじめテーマを設けてやってみてもらったのですが・・・僕の想定していた所要時間よりも、はるかに早くこなしてしまう方がほとんどでした。
「障がい者」・・・この言葉にも僕は多少の抵抗を感じているのですが・・・彼らと接していくなかで、毎回多くのことを想いだし、そして多くのことを学びます。
ホント、いろいろな意味で、忘れないようにしなきゃ(><)!と思うお昼休みでした^^
毎年講座の終わり頃に、忘れないためにこうしてブログを書いています。
いつもいつも思うこと
障がい者だと一括りにして、輪の外側へ押しやっているのは、僕達健常者と言われるグループの傲慢だということ
仕事柄、いろいろな場で様々な方にお会いする機会があります。普通に「一般」と言われる社会の中で出会って話をしたり一緒に仕事をしたりする相手の中には、「どうしてそういう人間関係の作り方をするんだろう?」「なんで言っていることが全く理解してもらえないのか?」と、心底首をかしげてしまうような人も多々見かけます。
障がい者支援施設に通っている方たちの実際は、「極度にコミュニケーションが難しい」とか「決定的に身体に特異な部分がある」というわけではなく、そのほとんどの方が「一見、何も問題ない極普通の人」のようにしか見えません。少し踏み込んで接してみようとした時に、上手くコミュニケーションが取りづらかったり、会話の理解力が少しだけ弱かったりするから、ゆっくり話しをする必要があるとか、同じ事を繰り返し伝える必要があるとか、そういう注意が必要なだけ。
そういう注意を払わなきゃならない人なら、障がい者とくくられている人よりも、普通に健常者と言われている人のグループ野中のほうが、よほど多く存在しています。
一線を引いて区別しているのは、僕らの方だということを、決して忘れない様にしなきゃ
目的・目標を持った時の彼らの集中力・スキルはものすごい
「自由にやって」というと戸惑うこともあるのですが、「これをやって下さい」「この問題を解いて下さい」という風に具体的な課題が与えられると、本当にスゴイ能力を発揮します。
今日午前中、インターネットを使ってある調べ物をするという課題をやってもらったのですが・・・前回やり方を覚えてもらって、今回試しにと、あらかじめテーマを設けてやってみてもらったのですが・・・僕の想定していた所要時間よりも、はるかに早くこなしてしまう方がほとんどでした。
「障がい者」・・・この言葉にも僕は多少の抵抗を感じているのですが・・・彼らと接していくなかで、毎回多くのことを想いだし、そして多くのことを学びます。
ホント、いろいろな意味で、忘れないようにしなきゃ(><)!と思うお昼休みでした^^
Posted by kissy(岸本圭史) at 12:33│Comments(0)
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