2011年04月23日
Kissyのひとり地域活性の意図と範囲
ここのところ、突然「ひとり地域活性~^^!」なんて言い出して、コイツは何を考えているんだ?と怪訝に思われた方も多いと思います。色々ご意見を頂いたりもしているので、やはり説明を・・・^^
先月の震災以来、日本という国じゅうが大きく様変わりしました。それは僕のまわりでも例外ではなく、色々な人が、色々な想いで、色々な事に取り組み始めています。
同い年の友人は、持ち前の行動力を活かして東北までボランティアをしに行きました
ある人は、ツアーを募って瓦礫の撤去作業の手伝いをしに行く、と計画を立てています
普段の人脈や仕事仲間のつながりを活かして、物資を募って持って行き、現地の被災者の皆さんに配ってきた方もいました
色々な方の色々な行動・・・そこにはどれも、共通するものがあるように、僕には思えました
誰かの、何かの役に立ちたい
そして当然、それは僕の気持ちの中にも強く湧き上がる想いでした。
遠く離れた沼津で被災していない僕も何か役に立ちたい
けれども、一方でこんなことも強く思いました
生半可な義心や中途半端な気持ちで、軽はずみな行動をして、本当に役に立つべき方達の足を引っ張ったり、迷惑をかけてはいけない。結果的にそんな風になるのなら、「行動を起こさない」という選択をするのが、今の自分が取るべき行動だ、とも。
いえ、行動を起こした方を非難しているわけでは全くありません。
旅慣れている方や、いろいろな場所へ飛び込んで行く行動力のある人は、そういう行動力や能力を活かして、大いに行動すべきだと思います。そして、そういう方達の取り組みには、本当に脱帽。尊敬してしまいます。
ただ、尊敬の念を抱けば抱くほど、「彼らのように、思い切った行動を取ることの出来ない自分は・・・?なんと情けない・・・」と、どこかで自責の念に苛まれる部分もありました。
幸いにも被災者にならなかった自分・・・ボランティアもできない。人を統率して支援することもできない。取り立てて際立った能力を持っているわけでもない自分に出来ることは何か・・・?
そう考えたときに、沼津や三島で起きていたのは、何の根拠も明確な意思もない「なんとなく自粛ムード」でした。
被災していない場所に住んでいる、その他大勢のなかの一人としてすべきことは、自ら元気を出すことじゃあないだろうか?
自粛ムードを払拭するとまでは行かないまでも、せめて街の片隅で、地域を元気にすることが、僕にできることでは?・・・そう思ったのです。
そして同時に、この想いは、兼ねてから僕の中でずっと抱いていたある考えと調和しました。
「地域」とは何か?・・・それはその人その人、それぞれが持つ交流やコミュニティのことだと僕は考えています。住んでいる場所や、行政区で区分けられた土地のことでもなく、名前を知らない、つながりのない単なる人の集まりでなく、「ひとりひとりの、顔の見える付き合いの範囲」・・・それが地域だという考えです。
Think Global Act Local(着眼大局、着手小局)
僕の手の届く範囲、行動できる範囲で、出来ることを行う。それが、少しずつ繋がって、自分以外の地域を、社会を、日本を元気にしていく事に、ほんのわずかだけでも役立つと信じて、行動する。そう思ったときに、自分の取り組むべきことが、おぼろ気にみえたような気がしました。
自分にとって、大切にしたい知人・友人・仕事仲間・尊敬すべき相手・・・その人達の役に立つこそが、僕がやるべきことで、僕が取り組める行動だと思ったのです。
だから、自分のやっていることを、「地域活性・地域貢献」とは決して言いません。そんな大それたものじゃあないのです。「Kissyのひとり地域活性」です。
街中を元気にするなんて、大それたことが出来るわけでもないし、ましてや日本を、政治を、経済をどうこうしようなんてことが出来るわけじゃあありません。どんなに頑張っても、Kissyのひとり地域活性で成すことのできるのは、せいぜい数店舗、数社の売上に、ほんの数千円程度貢献するだけです。元気づけられるのも、きっと、ほんの数人。
ボランティアで何百人もの人の役に立ったり、物資を何トンも送ったり、被災地から避難民の方を招待してきたりしている方達の行動力に比べたら、てんで話にならないほどの、全く微々たるものでしかありません。彼らに比べたら、「何もしていない」のと同じくらい、何の影響もなにもないことだと、僕自身もそう思います。
けれども、それこそを淡々と、粛々と続けていくことこそが、僕のような人間に出来ることだと思っています。
一度でも多く、僕がお世話になっているお店や知り合いの会社を使わせていただいて、お金を支払う。
ひとりでも多く、自分の知り合いや友人を誘って、地元のお店や会社を盛り立て行く。
そして、1年でも、一日でも、一分でも長く、それを続ける。
それが、Kissyのひとり地域活性の、意図と目標です。
なんだよ、そんなんだったら、オレなんかもっと積極的にガンガンやってるよ!とツッコミを入れたくなった方、どうぞご勘弁くださいm(_ _)m
僕が、勝手にそう言ってやってるだけのことですから^^;
言葉だけはナンか偉そうだけど、たいしたことをやっているわけじゃあ、ないんです^^。
先月の震災以来、日本という国じゅうが大きく様変わりしました。それは僕のまわりでも例外ではなく、色々な人が、色々な想いで、色々な事に取り組み始めています。
同い年の友人は、持ち前の行動力を活かして東北までボランティアをしに行きました
ある人は、ツアーを募って瓦礫の撤去作業の手伝いをしに行く、と計画を立てています
普段の人脈や仕事仲間のつながりを活かして、物資を募って持って行き、現地の被災者の皆さんに配ってきた方もいました
色々な方の色々な行動・・・そこにはどれも、共通するものがあるように、僕には思えました
誰かの、何かの役に立ちたい
そして当然、それは僕の気持ちの中にも強く湧き上がる想いでした。
遠く離れた沼津で被災していない僕も何か役に立ちたい
けれども、一方でこんなことも強く思いました
生半可な義心や中途半端な気持ちで、軽はずみな行動をして、本当に役に立つべき方達の足を引っ張ったり、迷惑をかけてはいけない。結果的にそんな風になるのなら、「行動を起こさない」という選択をするのが、今の自分が取るべき行動だ、とも。
いえ、行動を起こした方を非難しているわけでは全くありません。
旅慣れている方や、いろいろな場所へ飛び込んで行く行動力のある人は、そういう行動力や能力を活かして、大いに行動すべきだと思います。そして、そういう方達の取り組みには、本当に脱帽。尊敬してしまいます。
ただ、尊敬の念を抱けば抱くほど、「彼らのように、思い切った行動を取ることの出来ない自分は・・・?なんと情けない・・・」と、どこかで自責の念に苛まれる部分もありました。
幸いにも被災者にならなかった自分・・・ボランティアもできない。人を統率して支援することもできない。取り立てて際立った能力を持っているわけでもない自分に出来ることは何か・・・?
そう考えたときに、沼津や三島で起きていたのは、何の根拠も明確な意思もない「なんとなく自粛ムード」でした。
被災していない場所に住んでいる、その他大勢のなかの一人としてすべきことは、自ら元気を出すことじゃあないだろうか?
自粛ムードを払拭するとまでは行かないまでも、せめて街の片隅で、地域を元気にすることが、僕にできることでは?・・・そう思ったのです。
そして同時に、この想いは、兼ねてから僕の中でずっと抱いていたある考えと調和しました。
「地域」とは何か?・・・それはその人その人、それぞれが持つ交流やコミュニティのことだと僕は考えています。住んでいる場所や、行政区で区分けられた土地のことでもなく、名前を知らない、つながりのない単なる人の集まりでなく、「ひとりひとりの、顔の見える付き合いの範囲」・・・それが地域だという考えです。
Think Global Act Local(着眼大局、着手小局)
僕の手の届く範囲、行動できる範囲で、出来ることを行う。それが、少しずつ繋がって、自分以外の地域を、社会を、日本を元気にしていく事に、ほんのわずかだけでも役立つと信じて、行動する。そう思ったときに、自分の取り組むべきことが、おぼろ気にみえたような気がしました。
自分にとって、大切にしたい知人・友人・仕事仲間・尊敬すべき相手・・・その人達の役に立つこそが、僕がやるべきことで、僕が取り組める行動だと思ったのです。
だから、自分のやっていることを、「地域活性・地域貢献」とは決して言いません。そんな大それたものじゃあないのです。「Kissyのひとり地域活性」です。
街中を元気にするなんて、大それたことが出来るわけでもないし、ましてや日本を、政治を、経済をどうこうしようなんてことが出来るわけじゃあありません。どんなに頑張っても、Kissyのひとり地域活性で成すことのできるのは、せいぜい数店舗、数社の売上に、ほんの数千円程度貢献するだけです。元気づけられるのも、きっと、ほんの数人。
ボランティアで何百人もの人の役に立ったり、物資を何トンも送ったり、被災地から避難民の方を招待してきたりしている方達の行動力に比べたら、てんで話にならないほどの、全く微々たるものでしかありません。彼らに比べたら、「何もしていない」のと同じくらい、何の影響もなにもないことだと、僕自身もそう思います。
けれども、それこそを淡々と、粛々と続けていくことこそが、僕のような人間に出来ることだと思っています。
一度でも多く、僕がお世話になっているお店や知り合いの会社を使わせていただいて、お金を支払う。
ひとりでも多く、自分の知り合いや友人を誘って、地元のお店や会社を盛り立て行く。
そして、1年でも、一日でも、一分でも長く、それを続ける。
それが、Kissyのひとり地域活性の、意図と目標です。
なんだよ、そんなんだったら、オレなんかもっと積極的にガンガンやってるよ!とツッコミを入れたくなった方、どうぞご勘弁くださいm(_ _)m
僕が、勝手にそう言ってやってるだけのことですから^^;
言葉だけはナンか偉そうだけど、たいしたことをやっているわけじゃあ、ないんです^^。
Posted by kissy(岸本圭史) at 23:03│Comments(2)
│日記
この記事へのコメント
「活性化」って耳にタコが出来るくらいあちこちで言われる。言わば水戸黄門の印籠か免罪符かと。でも一番はやはり経済じゃないかと思う。持続性のある経済活動の拡がりって僕は定義したい。
Posted by きべいち at 2011年04月24日 06:15
>きべいちさん^^
もともと「曖昧」な言葉ですから、ね^^。
定義は人それぞれあると思います。
大切なのは、それぞれの人が、何をするのか、何をしないのかをきちんと考えた上で、「なんとなく活性化って言っておけばイイや」的な行動を取らないことじゃあないでしょうか^^?
もともと「曖昧」な言葉ですから、ね^^。
定義は人それぞれあると思います。
大切なのは、それぞれの人が、何をするのか、何をしないのかをきちんと考えた上で、「なんとなく活性化って言っておけばイイや」的な行動を取らないことじゃあないでしょうか^^?
Posted by kissy(岸本圭史) at 2011年04月24日 08:11