2011年06月10日
難しいことを考えるってイイことだと思う^^
ここんところ、携帯で写真投稿するばっかりだったので、たまには「Kissyのひとり言」っぽいネタで・・・^^;
(僕のブログを天声人語だと思って読んでくださっている方もいらっしゃるようなので、ね^^;)
物事をシンプルに考える
それは本当に良いことだと思います。人生のいろいろな場面で、正解のない問題やトラブルに直面して意志決定しなければならないときに、あーだこーだと、こねくり回して議論ばかりしていても仕方ありません。
あまり複雑に考えずに、シンプルに捉えて、素直に結論を出すのは、本当に大切。
けれど、たまにこうも思います。
「シンプルに考える」ってことと、「難しいことは考えない」ってこととは、違うんじゃないかな?
ご存じの方も多いと思いますが、Kissyは大学で哲学を専攻していました。
卒業してから20年近く経った今でも、在学中は本当に良い先生に恵まれたな~と思うのですが、なぜそう思うかって言うと、それは「哲学を学ぶということはどういう事か?」ということを、とても「シンプルに」学ぶことが出来たからです。
哲学の授業というと、「ソクラテス」とか「アリストテレス」とか、「カント」とか「ヘーゲル」とか・・・最近はやりの「ニーチェ」とか・・・色んな哲学者の小難しい哲学書を読んで、あーでもないこーでもないと、屁理屈こねるようなイメージがあるでしょう^^?
ところが、僕の学んだ哲学は、そういうものとは全く異なる印象だったんです。
いくつも異なる哲学科の授業を受講していたのですが、ほとんどの授業が、「先生の話を聞く」のではなく「学生同士でディスカッション」ばかり・・・その中で「哲学的に考える」ということはどういう事なのか?を先生が示唆してくれる、というような授業でした。
特に印象深く覚えている授業が二つ。
ひとつは「映画はどうしてフィクションだと分かっているのに泣けるのか?」とか「人工妊娠中絶は殺人か?」とか、色々なテーマを出されて話し合いを続けた授業。実はこのブログで数年前に書いた「そのリンゴは赤いのか?」というシリーズは、この時の授業のテーマをヒントに書いています。
もうひとつはハンナ・アーレントという女性哲学者の「精神の生活」という著書を読みながら、色々な議論をした授業。この著書の中で彼女は「悪というのは何か悪いことを考えて行う行為なのではない。何も考えないという無作為が生み出す所業なのだ」ということを、様々な体験を通して語っています。
・・・それが「シンプルに考える」とどういう関係があるのか、って・・・?
物事、何でも最後に、現実となって表れる結果や意思決定は、シンプルなものだと思います。「やるか?」「やらないのか?」とか、「良いのか」「良くないのか」とか・・・二者択一じゃなくても、出てくる答えはたいてい「シンプル」で分かりやすいです。
けど、そこに至る過程までも「シンプルに」してしまっては、いけないと思うんですよね。
ある方が、仕事に対する意欲ややる気を失ったように見える。それまで明るくておおらかだったのに、急にぶっきらぼうで粗暴な感じになってしまって、周りの人も寄り付かなくなってしまった・・・。
きっと会社の仕事で成績が上がらないんだよ。
奥さんと上手くいってないんじゃない?
借金抱えてどうにもならなくなったとか・・・?
たいてい、周囲の面白おかしく言う人達は、自分の思いつく範囲で考えられることばかりだけを、根拠もなくほのめかします、ね。
けど、もしかしたらその人には、もっと違う、大きな理由があるのかもしれない。
あるいは、他人から見たら「なんだ、そんな事」というような些細な事で人が変わってしまったのかも知れない。
どうしてその人が、変わってしまったのか・・・?もしちゃんと理由を知りたいのならば、自分のモノサシだけで勝手な憶測をしたりするべきではなくて、色々な価値観や、色々な考え方を受け止めて、どうしてそういう事になったのか、深く考えるべきだと思うんです。
一事が万事、そういうこと。
自分のそれとは、全く異なる価値観や考え方を、きちんと捉えて認める、というプロセスは、誰にとっても簡単なことではないと思います。それはとても難しい(自分にとっては理解しがたい)ことを深く考えることになるからです。
しかも、自分の考え方・価値観を簡単に曲げてしまったり手放してしまうようなことのないよう、しっかりと自分のスタンスを保ちながら、考えていく必要があるわけですから・・・
物事をしっかり考える、他者をきちんと理解する、ということは本当に「難しいことを逃げずにきちんと向い合って考える」ことで、その行為はとても価値のあることだと思います。
結果的に得られる結論や理解は、結局のところシンプルなものかも知れませんけれども、ね^^・・・
難しいことをキチンと考えて、シンプルな答えを出す・・・それってイイことだと思います。
簡単に他人の受け売りをひけらかし、短絡的な思考回路でモノごとをやたら複雑にこねくり回した挙句、結論だけは小難しいことを偉そうに言う・・・そういうワケの分からない政治パフォーマンス集団のような人たちにならないためにも、ね^^。
(僕のブログを天声人語だと思って読んでくださっている方もいらっしゃるようなので、ね^^;)
物事をシンプルに考える
それは本当に良いことだと思います。人生のいろいろな場面で、正解のない問題やトラブルに直面して意志決定しなければならないときに、あーだこーだと、こねくり回して議論ばかりしていても仕方ありません。
あまり複雑に考えずに、シンプルに捉えて、素直に結論を出すのは、本当に大切。
けれど、たまにこうも思います。
「シンプルに考える」ってことと、「難しいことは考えない」ってこととは、違うんじゃないかな?
ご存じの方も多いと思いますが、Kissyは大学で哲学を専攻していました。
卒業してから20年近く経った今でも、在学中は本当に良い先生に恵まれたな~と思うのですが、なぜそう思うかって言うと、それは「哲学を学ぶということはどういう事か?」ということを、とても「シンプルに」学ぶことが出来たからです。
哲学の授業というと、「ソクラテス」とか「アリストテレス」とか、「カント」とか「ヘーゲル」とか・・・最近はやりの「ニーチェ」とか・・・色んな哲学者の小難しい哲学書を読んで、あーでもないこーでもないと、屁理屈こねるようなイメージがあるでしょう^^?
ところが、僕の学んだ哲学は、そういうものとは全く異なる印象だったんです。
いくつも異なる哲学科の授業を受講していたのですが、ほとんどの授業が、「先生の話を聞く」のではなく「学生同士でディスカッション」ばかり・・・その中で「哲学的に考える」ということはどういう事なのか?を先生が示唆してくれる、というような授業でした。
特に印象深く覚えている授業が二つ。
ひとつは「映画はどうしてフィクションだと分かっているのに泣けるのか?」とか「人工妊娠中絶は殺人か?」とか、色々なテーマを出されて話し合いを続けた授業。実はこのブログで数年前に書いた「そのリンゴは赤いのか?」というシリーズは、この時の授業のテーマをヒントに書いています。
もうひとつはハンナ・アーレントという女性哲学者の「精神の生活」という著書を読みながら、色々な議論をした授業。この著書の中で彼女は「悪というのは何か悪いことを考えて行う行為なのではない。何も考えないという無作為が生み出す所業なのだ」ということを、様々な体験を通して語っています。
・・・それが「シンプルに考える」とどういう関係があるのか、って・・・?
物事、何でも最後に、現実となって表れる結果や意思決定は、シンプルなものだと思います。「やるか?」「やらないのか?」とか、「良いのか」「良くないのか」とか・・・二者択一じゃなくても、出てくる答えはたいてい「シンプル」で分かりやすいです。
けど、そこに至る過程までも「シンプルに」してしまっては、いけないと思うんですよね。
ある方が、仕事に対する意欲ややる気を失ったように見える。それまで明るくておおらかだったのに、急にぶっきらぼうで粗暴な感じになってしまって、周りの人も寄り付かなくなってしまった・・・。
きっと会社の仕事で成績が上がらないんだよ。
奥さんと上手くいってないんじゃない?
借金抱えてどうにもならなくなったとか・・・?
たいてい、周囲の面白おかしく言う人達は、自分の思いつく範囲で考えられることばかりだけを、根拠もなくほのめかします、ね。
けど、もしかしたらその人には、もっと違う、大きな理由があるのかもしれない。
あるいは、他人から見たら「なんだ、そんな事」というような些細な事で人が変わってしまったのかも知れない。
どうしてその人が、変わってしまったのか・・・?もしちゃんと理由を知りたいのならば、自分のモノサシだけで勝手な憶測をしたりするべきではなくて、色々な価値観や、色々な考え方を受け止めて、どうしてそういう事になったのか、深く考えるべきだと思うんです。
一事が万事、そういうこと。
自分のそれとは、全く異なる価値観や考え方を、きちんと捉えて認める、というプロセスは、誰にとっても簡単なことではないと思います。それはとても難しい(自分にとっては理解しがたい)ことを深く考えることになるからです。
しかも、自分の考え方・価値観を簡単に曲げてしまったり手放してしまうようなことのないよう、しっかりと自分のスタンスを保ちながら、考えていく必要があるわけですから・・・
物事をしっかり考える、他者をきちんと理解する、ということは本当に「難しいことを逃げずにきちんと向い合って考える」ことで、その行為はとても価値のあることだと思います。
結果的に得られる結論や理解は、結局のところシンプルなものかも知れませんけれども、ね^^・・・
難しいことをキチンと考えて、シンプルな答えを出す・・・それってイイことだと思います。
簡単に他人の受け売りをひけらかし、短絡的な思考回路でモノごとをやたら複雑にこねくり回した挙句、結論だけは小難しいことを偉そうに言う・・・そういうワケの分からない政治パフォーマンス集団のような人たちにならないためにも、ね^^。
Posted by kissy(岸本圭史) at 08:01│Comments(0)
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