2010年10月27日
日々是修行、日々是努力
え~~・・・多分コレを読んでくださっているであろう、Kissyのひとり言の一番古くからの読者の方へ。
「天声人語のような感じで読んでる」と言ってくださった方
「青臭い話を臆面も無く真っ向から書いてくれるのがイイ」と言ってくださった方
最近、あまりそういう事を書かなくなった、と・・・もしかしたら「ああ、結局はKissyもブログをウケ狙いで書き始めたのね」とガッカリされているかもしれません、ね。それにお答えしよう、というワケではありませんが、最近思うことがいくつかあるので、たまには青臭い主張をしておこうと思います。
■日々努力すべし
今日たまたま読んだ本「アウトプットリーディング」の著者の方が、この書の中で書いていました。要約すると・・・
学校に通っている子供の頃には、やらなきゃいけない勉強や努力が強制されるから、日々イヤでも努力をし続けて色々なものを吸収する。けれども大人になると、誰からも勉強しろ、努力しろとは言われなくなるし、勉強しなきゃならない義務はなくなる。けれども、日々社会は進化し、変化していく中で、大人になってからすき放題遊び、ラクをしていたら、社会から取り残されるだけだ。大人になってこそ、日々勉強を続けるべきである。
ちょっと僕なりの解釈で要約してしまっているけれども、要するに・・・
大人になって、カネと時間が自由に使えるからと言って、享楽にばかり没頭しているようでは、先はない。学校を卒業してもなお、日々必死の努力を続けるべきである。
激しく同意^^!
努力しない者、コツコツ継続しない者、上っ面だけのカッコや派手さを真似て、中身が何も備わっていない者・・・そういう生き方、考え方は、甚だしく恥ずかしいものだと、僕は子供の頃から叩き込まれている。だからこそ、大人になってもなお、努力すべし、という小林先生の言葉には、とても説得力を感じるし、強く同意できる。
社会に出て日々忙しく仕事に追われ、社会生活に追われる中でもなお、本を読み、自己研鑚に励む必要があると、本当に強く思います。そしてその事を強く訴えかけたいとも想っています。
■「失敗してもイイじゃない」・・・何という厚顔無恥、何という欺瞞!
「失敗してもイイじゃない、人間なんだから」・・・そんないい加減なお説教を流布する輩に、最近激しい嫌悪を感じる。
失敗していいハズがない!失敗は、やろうとしたことがダメになったということだ。許されるハズがない。
「失敗を恐れて、萎縮するな」「結果的にたとえ失敗に終わったとしても、成功しようと努力した事はムダにはならない」・・・そういうことなら、納得はできる。何かをやろうとして、結果失敗に終わったとき、周囲の人間が当の本人に対して、「まあ失敗したからといって自分を責めるな」「これで諦めるな」と、寛容の気持ちを表して伝えるというのは、大いに歓迎すべきことだ。
だが誰も、初めから失敗してもイイ、なんて思ってやってなんかいない。
これから何かをやろうとする当の本人が、やる前から「失敗しても」なんて言うのは、逃げ以外の何ものでもないと思う。そんな輩に、物事に挑戦し、努力し、成果をつかむ資格などないと思う。
そして、努力してトライしようとしている者に、「失敗してもイイじゃない」などと耳打ちするのは、厚顔無恥も良いところ。欺瞞も甚だしい。
いえ・・・ネガティブトークをしたい訳ではありません。
あまりに「自分さえよければ、今さえよければ、それでイイ」「今が楽しければ、先の事なんて」という空気が蔓延しているような気がして・・・その根底には、「努力」とか「必死」という精神的なパラダイムが欠如し始めているような気がしてならないのです。
・・・最近になってKissyのひとり言を読み始めてくださった皆さん、イキナリこんなキッツイ言葉の投稿で、ビックリしたかもしれません、ね。けれども、これもまた、僕という人間の偽らざる一側面なのです。主張せずにはいられないのです。
たとえ誰に批判されても、誰に反論を受けても、その時自分が正しいと思い声を大にして言うべきだと思ったことは、曲げられない。
「天声人語のような感じで読んでる」と言ってくださった方
「青臭い話を臆面も無く真っ向から書いてくれるのがイイ」と言ってくださった方
最近、あまりそういう事を書かなくなった、と・・・もしかしたら「ああ、結局はKissyもブログをウケ狙いで書き始めたのね」とガッカリされているかもしれません、ね。それにお答えしよう、というワケではありませんが、最近思うことがいくつかあるので、たまには青臭い主張をしておこうと思います。
■日々努力すべし
今日たまたま読んだ本「アウトプットリーディング」の著者の方が、この書の中で書いていました。要約すると・・・
学校に通っている子供の頃には、やらなきゃいけない勉強や努力が強制されるから、日々イヤでも努力をし続けて色々なものを吸収する。けれども大人になると、誰からも勉強しろ、努力しろとは言われなくなるし、勉強しなきゃならない義務はなくなる。けれども、日々社会は進化し、変化していく中で、大人になってからすき放題遊び、ラクをしていたら、社会から取り残されるだけだ。大人になってこそ、日々勉強を続けるべきである。
ちょっと僕なりの解釈で要約してしまっているけれども、要するに・・・
大人になって、カネと時間が自由に使えるからと言って、享楽にばかり没頭しているようでは、先はない。学校を卒業してもなお、日々必死の努力を続けるべきである。
激しく同意^^!
努力しない者、コツコツ継続しない者、上っ面だけのカッコや派手さを真似て、中身が何も備わっていない者・・・そういう生き方、考え方は、甚だしく恥ずかしいものだと、僕は子供の頃から叩き込まれている。だからこそ、大人になってもなお、努力すべし、という小林先生の言葉には、とても説得力を感じるし、強く同意できる。
社会に出て日々忙しく仕事に追われ、社会生活に追われる中でもなお、本を読み、自己研鑚に励む必要があると、本当に強く思います。そしてその事を強く訴えかけたいとも想っています。
■「失敗してもイイじゃない」・・・何という厚顔無恥、何という欺瞞!
「失敗してもイイじゃない、人間なんだから」・・・そんないい加減なお説教を流布する輩に、最近激しい嫌悪を感じる。
失敗していいハズがない!失敗は、やろうとしたことがダメになったということだ。許されるハズがない。
「失敗を恐れて、萎縮するな」「結果的にたとえ失敗に終わったとしても、成功しようと努力した事はムダにはならない」・・・そういうことなら、納得はできる。何かをやろうとして、結果失敗に終わったとき、周囲の人間が当の本人に対して、「まあ失敗したからといって自分を責めるな」「これで諦めるな」と、寛容の気持ちを表して伝えるというのは、大いに歓迎すべきことだ。
だが誰も、初めから失敗してもイイ、なんて思ってやってなんかいない。
これから何かをやろうとする当の本人が、やる前から「失敗しても」なんて言うのは、逃げ以外の何ものでもないと思う。そんな輩に、物事に挑戦し、努力し、成果をつかむ資格などないと思う。
そして、努力してトライしようとしている者に、「失敗してもイイじゃない」などと耳打ちするのは、厚顔無恥も良いところ。欺瞞も甚だしい。
いえ・・・ネガティブトークをしたい訳ではありません。
あまりに「自分さえよければ、今さえよければ、それでイイ」「今が楽しければ、先の事なんて」という空気が蔓延しているような気がして・・・その根底には、「努力」とか「必死」という精神的なパラダイムが欠如し始めているような気がしてならないのです。
・・・最近になってKissyのひとり言を読み始めてくださった皆さん、イキナリこんなキッツイ言葉の投稿で、ビックリしたかもしれません、ね。けれども、これもまた、僕という人間の偽らざる一側面なのです。主張せずにはいられないのです。
たとえ誰に批判されても、誰に反論を受けても、その時自分が正しいと思い声を大にして言うべきだと思ったことは、曲げられない。
Posted by kissy(岸本圭史) at 23:16│Comments(0)
│日記