2010年05月29日

イマヌエル・カントと思考パラダイム

イマヌエル・カントという哲学者をご存じの方は、多いでしょう。
哲学の巨人と呼ばれ、ドイツ観念論哲学の祖と言われる、西洋哲学史の最も重要な哲学者のひとりです。(Kissyも、大学時代には純粋理性批判・判断力批判などを散々読まされました。「批判」ということに対してポジティブで積極的な印象を抱き、何事にも批判から入るという僕の考え方は、純粋理性批判を学んだ頃に由来しています。)

ところで・・・カントという人物が、その生涯をほとんど生まれ育った街の中だけで過ごした、ということをご存じの方というのは・・・もしかしたら少ないのではないでしょうか?

カントという人は、生まれてから亡くなるまで、生れ育った街(ケーニヒスベルクという東プロイセンの首都だそうです)から、半径数マイル程度の範囲内でしか行動しなかったのだそうです。大学も近くにあり、街としてもそこそこ大きな街だったようなので、不便はなかったとは思うのですが・・・当時(18世紀)は、科学や哲学の様々な学問を学ぶには、遠くまで出向いて色々な人に教えを乞わなければ、大成できなかった時代(→と聞いています)にあって、あれだけ影響力の大きな哲学を打ち立てたカントが、生涯を一都市の中だけで過ごした、というのは驚きです。

自分とは違う人に会い、違う環境に身を置いて、広く見聞することで見識を広める、という中にあって、カントの「徹底的に自らを顧みながら、知るとはどういうことか?科学とは?宗教とは?良い行いとは?」と考えに考え抜き、ドイツ最大の哲学者のひとりとまで評されるようになったという事が、その哲学体系そのもの以上に、大学時代の僕に大きな影響を与えました。ものすごいインパクトだったなあ~。

人にもよるでしょうし、性格や気質の違いにもよるでしょうけれども・・・

見る・聞く→キッカケをつかむ→ひらめく→行動に移す→終わったら次

という思考パラダイムが、最近は非常にもてはやされていますが、

テーマを自ら探す→考える→検証する→もう一度考える→もう一度検証→そのスパイラルでテーマを深めていく

そういう思考パラダイムを、もう少し見直しても良いのではないかな?なんて事をあらためて考えている、今日この頃です。

たくさんの体験をしなければ、より多くの事を学べないとばかりに、色んなところへ行き、色んなことを見聞きし、それをもって「多くを学んでいる」と満足しているように見える人もいます。

けれども、数少ない経験を、自分の中で咀嚼し、咀嚼し、なお咀嚼して、それを大きな糧としてこそ、「経験が活きる」のではないのかな?と、僕自身は考えています。

世界中の音楽という音楽を聴きまくった人が良いミュージシャンになれる訳ではないように・・・
全世界のサッカーリーグの選手を知っているマニアが、偉大なサッカー選手になれるわけではないように・・・(あ、そういえば中田英寿さんが言っていましたね。セリエAの選手を全部覚えたってサッカーは上手くならないって)

たくさん見聞きし、たくさん体験し、たくさん「情報」を詰め込むことよりも、もっともっと、大切なことがあるような気がします。


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Posted by kissy(岸本圭史) at 23:03│Comments(0)日記
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