2009年09月29日
地デジに変わって感じたこと とりあえずその1
何回続くか分かりませんが・・・
我が家に地デジがやってきて感じたこと
とにかく画質がキレイです
とにかくキレイなんです
そのキレイさは、かるのさんがコメントで仰ったように、違和感を感じるほどのキレイさなのです。
その違和感がなんなのか・・・二つのことを引き合いにして考えてみて、自分で妙に納得しました。
その1 昔見た鉛筆画の印象の真逆だ
20年くらいまえ、ふとしたきっかけで都内の街角で「鉛筆画」の個展を見たことがありました。そこに、鉛筆だけで描かれた、洋風の家の玄関の風景・・・見事に描かれていて、モノトーンの画なのに、本当にそこに家の玄関が見えるかのようでした。
けれど、現実にはそれは、白黒のコントラストだけで描かれた画であり、どう客観的に見ても「現実の模倣」でしかないのです。
昨日初体験した地デジの映像・・・そこには、ホンモノの風景と違わぬほど鮮明な画像が映し出されていました。けれども違和感を感じる・・・ドラマで台所の風景が写されたときには、「もしかしたら、現実のこのドラマのセットの台所は、今見ている画像ほどキレイではないんじゃないだろうか?」とさえ疑いたくなるほどです。
冷静になってみればどう観ても現実のモノには見えない「鉛筆画」を「ホンモノのようだ」と感じる一方で、もしかしたら現実以上かもしれないと思わせるような鮮明さなのだけれども、違和感を感じる・・・そこに何か、僕が感じる違和感の理由があるような気がしました。
端的にいうと、「想像力」の介在しない鮮明画質・・・それに違和感を感じたのだと・・・
その2 CDが世に出たときの違和感とおなじだ
CDが世に出始めたとき、その音質の良さに感動しつつも、ある点に大いなる不満を持ちました。それは、「あり得ないほどノイズがない」ことと、「音が均質になってしまっている」こと。
S/N比が飛躍的に向上したといわれて、それがダイナミクスレンジを広げ、音質や音像の鮮明さを生んでいると評価される一方、本来ノイズとともに描かれる「場の空気」のようなものが、しぼんでしまったことも指摘されました。その事が引き起こしたのが「ある一定限度以上の音質には絶対にならない」かわりに、「ある程度の音質を簡単に保てる」ということ。
聞こえないはずの音や、エッジが立ちすぎてはかえってよろしくない音までも、鮮明に再現されることが、奥行きのない音質になるとも言われましたが・・・ここ2日地デジを見ていて感じるのが、それと同じ感覚なのです。
本来別に見えなくても良いものがクッキリ見えていたり、輪郭がクッキリ出すぎて違和感を感じたりしているのです。そして、遠近の差でピントがボケている遠景までもが、なんというか・・・「クッキリと鮮明に」ボケている感じがするのです。それが、どうしても「平面的な画質」感を生んでいるような気がしました。
そういうことが、変わったのだろうな~・・・と・・・そんな風に想いながら、この2日間地デジを見ています。
けれども、CDの時がそうだったように、こういう違和感も、数ヶ月のうちに感じなくなり、この画質が当たり前になる日が来るのだろうな~とも思っています。
そしてもちろん・・・そんな理屈をこねくりまわしても、やっぱり地デジの映像は、キレイなんですね~・・・これが(^_^ )
地デジの画像が世に配信されるようになって何年も経ってから、こんな感想を独善的に言ってるようでは、オレも終わりだなぁ~~・・・などと心の中でつぶやきながら・・・それでもひとり言を言わずにいられないKissyです。
まさに「南倍南」そのもの・・・厄介ですね~^^;;・・・スミマセンm(_ _)m
我が家に地デジがやってきて感じたこと
とにかく画質がキレイです
とにかくキレイなんです
そのキレイさは、かるのさんがコメントで仰ったように、違和感を感じるほどのキレイさなのです。
その違和感がなんなのか・・・二つのことを引き合いにして考えてみて、自分で妙に納得しました。
その1 昔見た鉛筆画の印象の真逆だ
20年くらいまえ、ふとしたきっかけで都内の街角で「鉛筆画」の個展を見たことがありました。そこに、鉛筆だけで描かれた、洋風の家の玄関の風景・・・見事に描かれていて、モノトーンの画なのに、本当にそこに家の玄関が見えるかのようでした。
けれど、現実にはそれは、白黒のコントラストだけで描かれた画であり、どう客観的に見ても「現実の模倣」でしかないのです。
昨日初体験した地デジの映像・・・そこには、ホンモノの風景と違わぬほど鮮明な画像が映し出されていました。けれども違和感を感じる・・・ドラマで台所の風景が写されたときには、「もしかしたら、現実のこのドラマのセットの台所は、今見ている画像ほどキレイではないんじゃないだろうか?」とさえ疑いたくなるほどです。
冷静になってみればどう観ても現実のモノには見えない「鉛筆画」を「ホンモノのようだ」と感じる一方で、もしかしたら現実以上かもしれないと思わせるような鮮明さなのだけれども、違和感を感じる・・・そこに何か、僕が感じる違和感の理由があるような気がしました。
端的にいうと、「想像力」の介在しない鮮明画質・・・それに違和感を感じたのだと・・・
その2 CDが世に出たときの違和感とおなじだ
CDが世に出始めたとき、その音質の良さに感動しつつも、ある点に大いなる不満を持ちました。それは、「あり得ないほどノイズがない」ことと、「音が均質になってしまっている」こと。
S/N比が飛躍的に向上したといわれて、それがダイナミクスレンジを広げ、音質や音像の鮮明さを生んでいると評価される一方、本来ノイズとともに描かれる「場の空気」のようなものが、しぼんでしまったことも指摘されました。その事が引き起こしたのが「ある一定限度以上の音質には絶対にならない」かわりに、「ある程度の音質を簡単に保てる」ということ。
聞こえないはずの音や、エッジが立ちすぎてはかえってよろしくない音までも、鮮明に再現されることが、奥行きのない音質になるとも言われましたが・・・ここ2日地デジを見ていて感じるのが、それと同じ感覚なのです。
本来別に見えなくても良いものがクッキリ見えていたり、輪郭がクッキリ出すぎて違和感を感じたりしているのです。そして、遠近の差でピントがボケている遠景までもが、なんというか・・・「クッキリと鮮明に」ボケている感じがするのです。それが、どうしても「平面的な画質」感を生んでいるような気がしました。
そういうことが、変わったのだろうな~・・・と・・・そんな風に想いながら、この2日間地デジを見ています。
けれども、CDの時がそうだったように、こういう違和感も、数ヶ月のうちに感じなくなり、この画質が当たり前になる日が来るのだろうな~とも思っています。
そしてもちろん・・・そんな理屈をこねくりまわしても、やっぱり地デジの映像は、キレイなんですね~・・・これが(^_^ )
地デジの画像が世に配信されるようになって何年も経ってから、こんな感想を独善的に言ってるようでは、オレも終わりだなぁ~~・・・などと心の中でつぶやきながら・・・それでもひとり言を言わずにいられないKissyです。
まさに「南倍南」そのもの・・・厄介ですね~^^;;・・・スミマセンm(_ _)m
Posted by kissy(岸本圭史) at 20:06│Comments(2)
│日記
この記事へのコメント
ほんとに感動ものですよね。
画面が大きくなるほど感動も大きくなります。
昔は37にすると画質が荒れてきました。
その頃ハイビジョンなんて夢の夢でしたが・・・
ハイビジョンのプロジェクターほしいな~
画面が大きくなるほど感動も大きくなります。
昔は37にすると画質が荒れてきました。
その頃ハイビジョンなんて夢の夢でしたが・・・
ハイビジョンのプロジェクターほしいな~
Posted by 工房ike at 2009年09月30日 08:03
>ikeさん
ブラウン管のころは、たしかに37インチなんて、デカすぎてかえって見栄えが悪かったですね~。それに比べると、薄型テレビ・地デジのなんと進化したことか^^
ところで、プロジェクタ、買うんですか~^^
200インチくらい( ̄ー ̄)?
ブラウン管のころは、たしかに37インチなんて、デカすぎてかえって見栄えが悪かったですね~。それに比べると、薄型テレビ・地デジのなんと進化したことか^^
ところで、プロジェクタ、買うんですか~^^
200インチくらい( ̄ー ̄)?
Posted by kissy(岸本圭史) at 2009年09月30日 08:25