2009年06月07日

「言葉」と「伝える」


以前、音楽ネタとしてもご紹介した事のある、フランスのピアニスト「ミシェル・ペトルチアーニ」。
その演奏をCDなどできくだけでは、障害を負っているとはとても想像できないほどに、華麗なピアノを弾くピアニストだった。Kissyが最も敬愛するピアニストの一人です。

ところで、Kissyの持っている音楽CDは、半数以上が「歌」のない「演奏」だけの楽曲CD。ピアノソロや、Jazzピアノトリオ、クラシック、ギターソロ・・・ジャンルは様々だけれども、ボーカルがいて歌を歌う楽曲のCDよりもはるかに多い。

理由は、以前も書いた事があるけれど・・・

中途半端な言葉や歌詞をのっけて、だた「歌詞を喋りたいだけ」の歌謡曲やボーカル曲よりも、楽器の表現力や楽曲そのものの表現で、伝えたい事を伝える楽曲の方が、心へ、はるかに強く、はるかに豊かに響く・・・そう思うからです。

「言葉」には「言葉」の、伝えるチカラというものがあると思う。
同じように「音」や「メロディ」や「ハーモニー」や「リズム」は、それ自身で、強烈に伝えられるチカラというものがあると思うのです。
演奏者が、渾身の想いをこめて演奏をしたときに、それは「歌詞」で情景や心情を伝えるよりも、はるかに強く、深く、豊かな情景や心情を伝える事ができると想うのです。
その事を、音楽を30年近く続けてきて、ようやく最近肌で感じることができるようになりました。

さて、それでは「言葉」は・・・?
言葉は、「言葉」それ自体が意味を持っているわけではないと、Kissyは考えています。同じ言葉を発しても、ズシリと重く伝える事のできる人もいれば、同じ事を言っても何も説得力のない人もいる。まず初めに、「伝えたい」事があって、それを「伝えたい人」が発する言葉だから、その言葉は聞く相手に強く響くのだと思います。

「想い」がないのに「言葉」を綴っても、なにも説得力がない
「言葉」を綴っても、「伝えたい」と強く想わなければ、誰の心にも響きはしない

ピアノの譜面を、譜面どおりに強弱をつけ、抑揚をつけて、いかに上手に弾いたとしても、誰の心にも響かない。その譜面の現している楽曲を、心のそこから愛し、強く「伝えたい」と想って弾いたときに、初めて伝えたい人に、曲を通して思いが通じるのだと思います。
それと同じように、言葉や文章を、原稿どおりに読んで、流暢な発音をしたとしても、誰にも伝わらない。原稿に書かれている内容を、つよく心に焼き付けて、心底伝えたいと想って初めて、伝わるのだと思います。

「伝える」ためには、「伝わる」ためには、「言葉」を綴ることが必要なのではないと思うのです。まず「伝えたいもの」「伝えたい事」がありきで、それを強く「伝えたい」と願うとき、言葉は声となって自然に出てくるのだと思います。選んで、吟味して、綴る必要など全くない・・・と、そう思うことさえあります。

言葉で伝えるということは、「喋る」ことではなく「想うこと」そして「想うことを行動に移すこと」だと、そう想うことが最近とても強くなってきたKissyです。


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Posted by kissy(岸本圭史) at 20:38│Comments(0)日記
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