2007年09月02日
物事を考え、表現することについて
読んでいて「ピン」ときた方、誤解なさらないようにしてください。あなたのことを非難しているわけではありません。
ある親しい人からこう言われました。
「Kissyさんのブログ、よく読ませていただいているんですが、難しい漢字や言葉が多くて分かりづらいんです。もっとわかりやすく書いてもらえませんか?」
確かにおっしゃる通り。私のブログ、たまに極端に難しい文字や普段あまり目にしない漢字、言葉づかいをすることがあります。
普段の私は、実生活でそんなに小難しい言葉で話しているわけでも書類を書いているわけでもありませんが、この「ひとり言」で敢えて難しい言葉を選ぶのには、自分なりの理由がいくつかあります。それは、「自分の意見を述べること」ということに対する私の信条でもあります。
- 言葉(特に私たちの使っている日本語)と、それを表す漢字には、それぞれ意味があり、似通った言葉でも違う言葉には違うニュアンスが含まれている。
「事件の経緯を明らかにする」と「事件の経緯を詳らか(つまびらか)にする」では、同じ事を言っているようで、厳密には違っている。反論や異論も多いであろう、自分の意見を、なるべく誤解のないように、より正しく伝えるには、できるだけ正確な表現の言葉を使うべきだ。 - 「意見を言う、見解を表わす」ためには、色々なことを自分なりに理解し、解釈する必要がある。「物事を理解し、解釈する」ためには、それだけの知識や教養が必要だと思うのですが、そういった知識や教養をきちんと身につけるためには、まず何よりも「言葉」をきちんと覚え、使う必要がある、と思っているのです。
- 物事を自分以外の人に伝える場合には、「相手にわかりやすく伝えるべきだ」という主張をする人もいます。確かに、「相手に理解できるように的確に表現する」必要はあると思います。けれども、多少難しくても正確に表現すべき事柄を、「伝える相手が理解できないから」という理由で、意味の違う安易な、あるいは平易なべつの表現に置き換えてしまうのは、「自分の意見をきちんと表現する」ことになっていないと思うのです。
- だから、自分の伝えたい事は自分なりに「平易な言葉に噛み砕く」努力はしても、「意味の変わってしまう、わかりやすい日常表現に置き換える」ことはすべきではない、と考えています。
- そしてここからは、多少不遜(ふそん)な言い方かもしれませんが、こういう文章を読み、理解し、考えようという場合には、読む側の方にも、そういう多少難しい表現を理解する力が必要だと思うのです。
そういうわけで、これまで、とくに真面目な内容のブログを書いている時には、多少難しいかも?と思う字や表現でも、あえてそのまま使っていました。(最後の理由に書いたように、そこに「このくらいの表現は、もし読めない、わからないのなら自分で調べて理解してほしい」という尊大な態度がありました。その点は今回指摘されたことで自分も気づき、反省しました。)
大学時代に哲学・倫理学という分野の学問を学び、その中で自分なりに「考えを表現する、正確に言葉を使う」ということの大切さを叩き込まれたKissyとしては、今後もこういう書き方を変えるつもりはありません。
けれども、確かに「難しい」「読めない」という表現や漢字を使っているのも事実。そしてそういう方にも、できればこれらの字や表現の使い方などを知っていただければ、このブログを通じて今まで知らなかったことを一つ会得する機会になるのかな?と思い、多少わずらわしい感じがするかもしれませんが、自分なりに、使っている言葉の意味や読み方、表現のニュアンスなどを説明しながら、今後書いていこうかな?と思います。
これまで、難しい字や表現を目にして「???」と感じていたのに、見捨てずに読み続けてくださった方、今後ともよろしくお願いします。
ちなみに・・・・
- 明らかにする
- はっきりと疑う余地のない状態にする。明白にする
- 詳らか(つまびらか)にする
- 物事の細かな部分まで詳しく説明する
「漢字にはその言葉を表わす意味やニュアンスが含まれる」ということを知っていると、この言葉の違いも、辞書を引かなくてもある程度推察できますよね。
こういうことに対して真摯(しんし)でありたいと思うKissyです。
今回書かせていただいたことの中に「あなたもそのくらいの事は理解してください」という見下した意図や表現を汲み取られる方もいらっしゃるかと思います。けれども本当に誤解のないように・・・そんな風に人に物事を強要できるほど、Kissy自身、言葉に対する正確な知識や教養を持っている自信などないのです。あくまで「自分自身に課している」だけです。