2005年11月08日
ホントに?
最近、ふと思うこと。新聞やテレビの報道などの記事やニュースで、たとえば「否定的に捉える人が多い中で、肯定的な味方をする専門家も少なくない」とか、「専門家の中には、これこれこういうことだ、と反論する人もいる」などといった表現がとても多く見られます。これって、本当なんでしょうか?
私たち普通の人は、どういうふうにして新聞やテレビの記事が作られているかわからないので、何の気なしにこういう報道を受け止めているのですが、たとえば「経団連の会長がキャノンの御手洗氏に内定されたことについて、むしろ肯定的に捉える専門化が多い。」という表現をされた場合のことを考えてみてください。記事を書いた人、取材をした人は、果たして本当に「多い・少ない」と比較できるほど、この手の専門家の方々に取材をしたのでしょうか?・・・多いとか少ないとか言うなら、少なくとも数十人程度の専門家に同じ取材をしたうえで比較検討すべきだと思うのですが・・・。
うがった見方をすれば、多分こういう報道は「取材」→「専門家の意見聴取」→「取りまとめて原稿へ」→「記事に起こす」→「報道」というプロセスを経なければならないのだろうに、経団連会長の後任が決定してから数時間~数日程度で記事として出てきてしまうということは、本当にきちんと専門家に取材をしているのではないんじゃないか?ともKissyには思えます。同じ新聞社やテレビ局の社会部や経済部などの社員の方に話を聞いて、それを「専門家の意見」と表現しているのでは・・・?などとも思ってしまいます。
本当のところ、どうなんでしょうか?もし、こういった取材・報道などに詳しい方、いらっしゃったらぜひご教授いただけませんか?
私たち普通の人は、どういうふうにして新聞やテレビの記事が作られているかわからないので、何の気なしにこういう報道を受け止めているのですが、たとえば「経団連の会長がキャノンの御手洗氏に内定されたことについて、むしろ肯定的に捉える専門化が多い。」という表現をされた場合のことを考えてみてください。記事を書いた人、取材をした人は、果たして本当に「多い・少ない」と比較できるほど、この手の専門家の方々に取材をしたのでしょうか?・・・多いとか少ないとか言うなら、少なくとも数十人程度の専門家に同じ取材をしたうえで比較検討すべきだと思うのですが・・・。
うがった見方をすれば、多分こういう報道は「取材」→「専門家の意見聴取」→「取りまとめて原稿へ」→「記事に起こす」→「報道」というプロセスを経なければならないのだろうに、経団連会長の後任が決定してから数時間~数日程度で記事として出てきてしまうということは、本当にきちんと専門家に取材をしているのではないんじゃないか?ともKissyには思えます。同じ新聞社やテレビ局の社会部や経済部などの社員の方に話を聞いて、それを「専門家の意見」と表現しているのでは・・・?などとも思ってしまいます。
本当のところ、どうなんでしょうか?もし、こういった取材・報道などに詳しい方、いらっしゃったらぜひご教授いただけませんか?
Posted by kissy(岸本圭史) at 12:00│Comments(0)
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