2009年05月03日

亡くしてみて初めて感じる

清志郎さんが亡くなったと聞いてまだ半日。
闘病生活をされていたことは知っていたが、あんな風に突然「亡くなってしまった人」としてニュースに出てくるとは思ってもいなかったから、それだけにショックだったけれども、時間が経てば経つほど、それはいつか来るであろう日が現実になった、それが病気というトラブルで早まっただけなのだとも思った。

そんな風に気持ちを整理して落ち着けたはずなのに、今朝からポッカリ、心の中に穴があいてしまったような感覚で過ごしている。

僕が生まれて初めて、本当に本当の生のライブを見たのが、RCサクセションの武道館ライブだった。中学生の頃、親にも内緒でクリスマスの日に沼津から東京まで、友達と3人で出かけていって、そこで見た「ロックショー」というものは、僕の音楽や「カッコ良さ」の美意識の全てのルーツになっているといっても良いくらいで、それ以来、いつも憧れているのが、あのときのライブの1曲目で見た「よーこそ!」だ。血が騒ぐというのは、こういう事をいうのだと、身をもって感じた瞬間でもあった。30年近く経った今でも、まだ鮮明に覚えている。

RCが解散してからずいぶん経つので、久保講堂や武道館や日比谷の野音での、あのRCサクセションの「雨上がり」を生で聴くことはないだろうと、ドカドカうるさいR&Rバンドのような、よーこそ!のような、血の騒ぐ想いが体を突き抜けるようなライブを体感することは、二度とないだろうと、もうずいぶん前からそう思っていた。一度は「ヒッピーに捧ぐ」を生で聴いてみたかったという想いも、叶わない夢なのだろうと思っていたし、清志郎のライブをこの目で見られるチャンスも、もうないかも?とどこかで覚悟はしていた。それは、清志郎が病気にかかるずっと前のことだ。

現実の時間と現実の僕の暮らしの中では、CDの中にいるRCサクセション・記憶の中でシャウトする姿が僕の中の清志郎になっていたので、清志郎が亡くなっても、僕の中に残っている、あの、どこまでもカッコよく、どこまでもロックで、どこまでも生な清志郎の姿は変わらない。
けれども・・・亡くなってみて初めて感じる。
あの歌をうたった人は、もうこの世にはいないのだと思って、耳の奥で響く「愛し合ってるかい」の寂しさ・・・もう帰ってはこない、あのシャイで破壊力のある「Gotta!」・・・

できれば10年後、70歳近くになったときに、50歳になった僕にどんなロックを魅せてくれるのか、それを見たかったけれども・・・ついにそれは叶わぬ夢になってしまったけれども・・・それでもきっと、10年後も、20年後も、僕のなかで「一番カッコいいロックミュージシャンは?」ときかれたら、迷わず言うだろう。「忌野清志郎と、RCサクセションだ」と。

忌野清志郎さん ご冥福をお祈りします


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Posted by kissy(岸本圭史) at 10:18│Comments(1)日記
この記事へのコメント
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Posted by taxmantaxman at 2009年05月03日 20:13
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