2009年05月02日
なぜGW中にこんな話を・・・^^;;;??
Kissyさんのように人当たりが良いと、誰とでも仲良くなれるから得だよね。
ごくたまに、周囲の人からそういわれることがあります。嬉しくてありがたい評価だと思う反面、内心こう思ったりもしています。「まだまだ、修行が足りない。発展途上だなあ・・・」と・・・
以前も少し書いたことがあるけれど、人と・・・とりわけ、友達や家族ではなく、職場の同僚や仕事上のお客様や、あるいは知人や近所の知り合いの方など・・・と上手くコミュニケーションをとる、というのは非常に重要で、そして難しいことだと思います。
多くの方・・・特に目に見える能力や資格で人物を評価したがる人々のほとんど・・・は、こういうコミュニケーションの上手い・下手を、もって生まれた性格や気質によるものだといいたがる傾向があります。けれども、Kissyは、コミュニケーションをきちんと築けるチカラというのは、きちんとした技術や経験や努力に裏打ちされた、れっきとした能力であり明確なノウハウだと思っています。
小学生や幼稚園の子供のように、まだ人格形成の発達段階で「明るい」「社交的」というのなら、それは持って生まれたものなのかもしれません。けれども、大人・・・それも30歳を過ぎた社会人であれば、周囲から「明るい人」「社交的な人」「人付き合いの上手い人」と評される人格・人物像は、もって生まれた気質だけだとは、言い切れないと思うのです。
単なるノリでワ~~~っとその場を盛り上げるだけ。大声ではしゃぐだけ。お酒の勢いでものをしゃべるだけ。ひたすら人のいう事をニコニコと「ウン、ウン」と聞いているだけ、というような方のことを、「社交的」「人当たりが良い」とは、普通言わない。人の意見を良く聞き、その上で自分のことをきちんと表現し、しかも相手に不快感を与えないような表現方法で伝えられる・・・そういう立ち居振る舞いのできる人のことを「社交的」「人当たりが良い」と言うのだと思います。
自分自身が、そういう事をできているとは微塵にも思ったことがありませんが・・少なくともそういう立ち居振る舞いをできるようになるためには、どうすればよいのかを、もう15年以上もずっと、試行錯誤し続けています。
○○だと思いませんか?
○○だって、思いますよね?
○○ではないか?と思ったことはありませんか?
○○じゃねぇの?って思ったり、しません?
いう事は同じでも、最後の一言をどう選択するか?で、相手に納得してもらえるか、伝わるか?は劇的に変わってくる。伝える相手によっても、言葉の使い方は変わってくる。もちろん、言葉尻だけの話ではない。話をしているときに、視線はドコを見ているか?手はどうしているか?体の向きは?立つ(座る)位置は?話すスピードは?声の大きさは?相手の話す言葉との語数の比較は?・・・あらゆる事を、その場その場に応じて対応させて話す。意識的に、そういう、自分の中での訓練を、もう何年も何年も繰り返してきています。
だから、僕のことを「性格が良いからコミュニケーションが上手いんだよね」と評してくれるとしたら、それは勘違いなのです。不断の努力の結果だと、そしてそれはまだ「成果」ではなく、成長している過程の、まだまだの姿だと、自分ではそう理解しているのです。
「人当たりが良いと言われる」ことを自慢がしたくてこの記事を書いているわけではないのです。もしKissyのことを「性格のおかげで得している」と評している部分を、あなたが「うらやましい」と思うのなら、それは「努力でいくらでも獲得できることなんですよ」と、声を大にして言いたいのです。
大人になって、30歳を過ぎて、人と上手くコミュニケーションがとれない、人の輪の中に入っていけない、人と仲良くなれない・・・そう思っている方がもし、このブログを読まれているのなら、ぜひ知ってほしいのです。あなたの周りで、周囲から好かれて、人当たりが良く、話をしたり仲良くなるのがうまい大人の人がいるとしたら、それは「あなたの持っていない才能を持っている」のではなく、「あなたがこれまでしてこなかった努力を、人知れず必死にやってきた成果」だという事を。そして、それは今からでもできる努力なのだと・・・とても苦しく辛い、そして時間のかかる努力ですけれども・・・それを知って欲しいのです。
ファシリテーションのような考え方がここまで浸透してきている今の時代でさえも、こういう事を明確に「重要なファクターだ」と考える人はほとんどいないので、こういう事を言えばいうほど、「なにエラそうなこと言っちゃってんだ?アイツ?」という事になってしまうので、滅多に口に出さないのですが・・・
人とちゃんと話ができる、人に不快な思いをさせずにコミュニケーションを取れる・・・それは、資格として高い評価を受けている法律の知識・医学の知識・税金の知識・IT技術の知識や、獲得するのに非常に厳しい努力を積まなければならない技術やノウハウと同じように、いやむしろそれらの「個別分野の能力」以上に、明確な意識を持って努力を続け経験を重ね、長い年月をかけて獲得するべき、れっきとした非常に高い技術であり、高く評価するべき能力だと思うのです。
・・・ゴールデンウィークだというのに、なぜか時間を持て余し、かといって普段の仕事をするテンションにもなれなくて、こんな独りよがりな事をツラツラと思っては書いているKissyです。・・・あ"あ"!せっかくのゴールデンウィークの貴重な一日がブログ記事の原稿で終わっていく・・・^^;;;;;
ごくたまに、周囲の人からそういわれることがあります。嬉しくてありがたい評価だと思う反面、内心こう思ったりもしています。「まだまだ、修行が足りない。発展途上だなあ・・・」と・・・
以前も少し書いたことがあるけれど、人と・・・とりわけ、友達や家族ではなく、職場の同僚や仕事上のお客様や、あるいは知人や近所の知り合いの方など・・・と上手くコミュニケーションをとる、というのは非常に重要で、そして難しいことだと思います。
多くの方・・・特に目に見える能力や資格で人物を評価したがる人々のほとんど・・・は、こういうコミュニケーションの上手い・下手を、もって生まれた性格や気質によるものだといいたがる傾向があります。けれども、Kissyは、コミュニケーションをきちんと築けるチカラというのは、きちんとした技術や経験や努力に裏打ちされた、れっきとした能力であり明確なノウハウだと思っています。
小学生や幼稚園の子供のように、まだ人格形成の発達段階で「明るい」「社交的」というのなら、それは持って生まれたものなのかもしれません。けれども、大人・・・それも30歳を過ぎた社会人であれば、周囲から「明るい人」「社交的な人」「人付き合いの上手い人」と評される人格・人物像は、もって生まれた気質だけだとは、言い切れないと思うのです。
単なるノリでワ~~~っとその場を盛り上げるだけ。大声ではしゃぐだけ。お酒の勢いでものをしゃべるだけ。ひたすら人のいう事をニコニコと「ウン、ウン」と聞いているだけ、というような方のことを、「社交的」「人当たりが良い」とは、普通言わない。人の意見を良く聞き、その上で自分のことをきちんと表現し、しかも相手に不快感を与えないような表現方法で伝えられる・・・そういう立ち居振る舞いのできる人のことを「社交的」「人当たりが良い」と言うのだと思います。
自分自身が、そういう事をできているとは微塵にも思ったことがありませんが・・少なくともそういう立ち居振る舞いをできるようになるためには、どうすればよいのかを、もう15年以上もずっと、試行錯誤し続けています。
○○だと思いませんか?
○○だって、思いますよね?
○○ではないか?と思ったことはありませんか?
○○じゃねぇの?って思ったり、しません?
いう事は同じでも、最後の一言をどう選択するか?で、相手に納得してもらえるか、伝わるか?は劇的に変わってくる。伝える相手によっても、言葉の使い方は変わってくる。もちろん、言葉尻だけの話ではない。話をしているときに、視線はドコを見ているか?手はどうしているか?体の向きは?立つ(座る)位置は?話すスピードは?声の大きさは?相手の話す言葉との語数の比較は?・・・あらゆる事を、その場その場に応じて対応させて話す。意識的に、そういう、自分の中での訓練を、もう何年も何年も繰り返してきています。
だから、僕のことを「性格が良いからコミュニケーションが上手いんだよね」と評してくれるとしたら、それは勘違いなのです。不断の努力の結果だと、そしてそれはまだ「成果」ではなく、成長している過程の、まだまだの姿だと、自分ではそう理解しているのです。
「人当たりが良いと言われる」ことを自慢がしたくてこの記事を書いているわけではないのです。もしKissyのことを「性格のおかげで得している」と評している部分を、あなたが「うらやましい」と思うのなら、それは「努力でいくらでも獲得できることなんですよ」と、声を大にして言いたいのです。
大人になって、30歳を過ぎて、人と上手くコミュニケーションがとれない、人の輪の中に入っていけない、人と仲良くなれない・・・そう思っている方がもし、このブログを読まれているのなら、ぜひ知ってほしいのです。あなたの周りで、周囲から好かれて、人当たりが良く、話をしたり仲良くなるのがうまい大人の人がいるとしたら、それは「あなたの持っていない才能を持っている」のではなく、「あなたがこれまでしてこなかった努力を、人知れず必死にやってきた成果」だという事を。そして、それは今からでもできる努力なのだと・・・とても苦しく辛い、そして時間のかかる努力ですけれども・・・それを知って欲しいのです。
ファシリテーションのような考え方がここまで浸透してきている今の時代でさえも、こういう事を明確に「重要なファクターだ」と考える人はほとんどいないので、こういう事を言えばいうほど、「なにエラそうなこと言っちゃってんだ?アイツ?」という事になってしまうので、滅多に口に出さないのですが・・・
人とちゃんと話ができる、人に不快な思いをさせずにコミュニケーションを取れる・・・それは、資格として高い評価を受けている法律の知識・医学の知識・税金の知識・IT技術の知識や、獲得するのに非常に厳しい努力を積まなければならない技術やノウハウと同じように、いやむしろそれらの「個別分野の能力」以上に、明確な意識を持って努力を続け経験を重ね、長い年月をかけて獲得するべき、れっきとした非常に高い技術であり、高く評価するべき能力だと思うのです。
・・・ゴールデンウィークだというのに、なぜか時間を持て余し、かといって普段の仕事をするテンションにもなれなくて、こんな独りよがりな事をツラツラと思っては書いているKissyです。・・・あ"あ"!せっかくのゴールデンウィークの貴重な一日がブログ記事の原稿で終わっていく・・・^^;;;;;
Posted by kissy(岸本圭史) at 18:45│Comments(2)
│日記
この記事へのコメント
かなり人間心理学的な部分まで書いてありますね 僕も実の所 社交的でもなく 人と話すのもそんなに得意ではないですよ^^: 努力をしなければと思っております
Posted by 飯倉清太
at 2009年05月02日 22:12

飯倉清太さん
だいたい、人から「社交的」とか「親しみやすい」って言われている人ほど、本人自身は真逆だと思ってたりするんですよ、ね^^
お互い、上手に振舞わなければならない反面、内面の努力がけっこう大変だったり・・・ですね^^;;?
だいたい、人から「社交的」とか「親しみやすい」って言われている人ほど、本人自身は真逆だと思ってたりするんですよ、ね^^
お互い、上手に振舞わなければならない反面、内面の努力がけっこう大変だったり・・・ですね^^;;?
Posted by kissy
at 2009年05月03日 19:46
